01 闇の中できらきらと輝いて

「さすが、#dname#は同期のホープだね。私なんか全然だめだ。」

 そう言って自傷気味に笑う彼女に何度否定をしたか。何度彼女を肯定し続けても結局本人にとっては私のお世辞にしか受け取ってもらえなかった。彼女の耳にはなんの肯定も届かないようになってしまって、ゆっくりと落ちていった。そうしてなす術もなく私の前から消えてしまった。


faire un detour


 そこそこの成績で大学を卒業した(卒業したことが大切)そしてだれもが羨むわけではないけど同情されるほど酷くはない会社に就職した。完璧とは言えないけどこの時代にしては十分な人生だと思う。あとは素敵な旦那様を見つけてタワマンでも買って可愛い子供を育てられたら言うこといんだろうな。まあ、私には無理だけど。

 膨らみすぎた夢を収束させて現実に向き合う。デスクの上には乱雑な文字の集合体。1時間前の打ち合わせの結論はなんだったかと散らばった文字の中から求める答えを探す。単語をつなぎ合わせながら打ち合わせの結末を思い出す。ああそうだった、と納得しながらディスプレイの前の見慣れたレイアウトに文字を落とす。一通り文章を打ち見直したが特に問題もないように思えたため、関係者各位にメールを送信する。今日のタスクが一つ終了。
 ふと、時計を見ると20:30。特段忙しくもないのにこんな時間まで居るといざという時のバッファが無くなる。そろそろ帰ろう。

 外に出ると雨が降っていた。これはバスも混んでるだろうなあと憂鬱になりながら折りたたみ傘を探す。傘をさすために周りを見渡した時、見慣れた顔の人と一瞬目があった。

 明るい髪色に縁の主張が強い眼鏡、対照的に薄く落ち着いた顔。通勤路でよく会う彼はたぶん私の近所に住んでいる。今帰宅ということはおそらくバスを降りるまで彼と一緒のルートになるのだろう。偶然一緒になってしまっただけで、決して貴方のことをストーキングしている怪しい女じゃないですよ。というアピールのために精一杯愛想の良い顔をしたつもりだが、向こうは私を一瞥しただけでいつもの無表情のまま先へ進んだ。私のこの努力が彼に伝わったのかは怪しい。

 仕方なくストーカーだと思われない距離感を保ちながら後ろを歩く。後ろから彼を見つめるとやはり進捗の高さと足の長さに目を惹かれる。足が長いんだから歩幅もさぞ大きいのかと思っていたら案外そうでもなく、なるべく近づかないように適度な距離感をキープすることを意識しなければいけなかった。

 私と彼の距離は等間隔を保ったままバス停に到着した。

 バス停に先客はおらず、2人の距離は必然と短くなった。運行情報を示す電光掲示板をみるとやはり大幅な遅れが出ているようで、あと10分はここで待たなければいけないらしい。

 10分間、何をしよう。とりあえず今後の平和な通勤のためにも左の彼には怪しい女と思われないような行動に制限しよう。私ばかりこんなに気にしているけど彼はきっと今も涼しい顔してるんだろうな。そもそも、彼はいまどんな感情でここに立っているんだろう。

 何をしていいかわからず、現代人の必須アイテム・スマートフォンに手をやる。すると丁度今ハマっているゲームからの通知が来ていた。どうやらこのエリアでレアキャラが出現したらしい。慌ててアプリを起動するも、一人で戦うには厳しいレベルのキャラクターだった。近くに協力者はおらず、ほぼ負け確だけど暇だし、ダメ元でアタックしてみるか。そう思って戦闘ボタンを押そうとしたとき

「そのレベルじゃ負けますよ。」

 聞いたことのない声が上から落ちてきた。左を見上げると遠くからしか見たことがなかった彼の顔が間近に見える。遠くからはスタイルの良いお兄さんってレベルだったけどどうやら顔も申し分ないらしい。整った鼻筋に載せられた眼鏡、レンズの奥から見える淡い瞳が私を顔の熱が上がるのを感じた。

 負けるのは確かに明確だったけど、初対面の人に向かってそれはないんじゃないか。ムッとした顔をすると彼はそんなこと気にしないようで淡々と私の画面を見つめて話を続けた。

「僕もそのキャラクター欲しいんですよ。でもちょっとレベル低くて。どうせバスも来ないしよければ一緒に倒しません?」

「…良いですよ。」

 やっと出てきた言葉がなんともつまらない差当りのない言葉。どうしてもっと気が利かないのかと自分を心のなかで叱責する。彼は静かに微笑みスマートフォンを操作すると私に画面を見せてきた。見慣れたアプリの画面に浮かぶフレンドコード。

「僕のID、申請してもらって良いです?」

「あ、はい…ってうわ、私よりレベル高いですね、すごい。」

「僕の職場の人達んなハマってるんですよ。今日こいつ捕まえとくとしばらく良い顔できるんで。」

 なんとも可愛げのない理由。とは言えそこそこにレベル上げはしているんだからなんだかんだ言って好きなんだろう。フレンド一覧から新しく増えたアイコンを見るとkeiとだけかかれたシンプルな名前。イメージとあまり違いはない。もしこれで彼がド派手キャラだったりネカマキャラだったらどうしようなどと考えてたのでとりあえず一安心。

「じゃあ招待しますね、パーティー組めました?」

「大丈夫です!」

 そう言って始まったイベントゲーム。いつも通りフリックすれば良いはずなのに、いつもと違う画面に見える。たぶんそれは強キャラゲットに対する緊張だけじゃない。ライフが結構ギリギリだったが、彼とはちょうど攻守のバランスが良いらしくなんとか勝利を手にすることができた。

「わーやったー!ゲットしましたね!」

「ちょっと危なかったですけどね、」

 もっとステータス振らないと、ポツリと彼が小さく呟いた。意外にもゲーマーなのか、と思い左の彼を見つめているとバスが到着した。雨のせいか乗客が多く、必然的に私と彼は隣同士のまま乗車した。

「蛍さんっていうんですか?」

「そう。貴方は…#dname#さん?」

「二人とも本名そのままですね。」

「音は別に珍しい名前でもないので。」

 ほたるとかいてケイ、そう言って彼は私に名前を教えてくれた。ほんのりと光るホタルのイメージに彼の雰囲気はしっくりと来た。名前、お似合いですねというと別に普通ですよ、とちょっと照れ隠しのようなリアクションをしてきた。歳上なのか歳下なのかわからないそのリアクションがほほえましい。ずっと顔は知っていたけど初対面なので、どこまで何を聞いていいのか戸惑って当たり障りのない距離感で話していたら私たちの最寄に到着した。え、もう着いてしまうのか。

「また今度手伝ってくれると助かります、じゃあ。」

 私が会釈すると蛍さんはそう言って去っていた。反射的に何か言わなきゃ、と思いつつも緊張感を持ち続けた私にそんな余裕もなく、ただただ中途半端な笑顔で彼を見送ることしかできなかった。


(2024.02.24)

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