一月一日の贖罪

 境内に足を一歩踏み入れた途端に、気が引き締まる。それは日本人特有の固定概念から来ているのだと思うけれども、それでもこの瞬間が愛しくて仕方がない。一年間、僕の身体に身についてきた愚かさや浅はかさが浄化された気がするから、僕は毎年ここへ足を運ぶ。砂利を踏みしめるに一歩一歩、歩みをすすめる。隣で歩いている#dname#を置いて行かないように。
 毎年、年が開けるとすぐに、僕は#dname#を連れだしてこの神社に来た。それが当たり前になってもう何年立ったんだろう。隣に居る#dname#は少女の顔立ちをしていた筈なのに、気がつけばその顔は女になっていた。

「ねえ、徹ちゃん」

 財布を開きながら#dname#は眉間にしわを寄せていた。どうしたの、と尋ねるとお賽銭はいくらにしたほうが良いんだろう、と返ってきた。毎年僕にそうアドバイスを求めていることを、彼女は忘れているのだろうか。財布を覗き込むと、銅銭が沢山入っているのが目についた。
 お賽銭は金額じゃなくて、気持ちの問題だから、好きなだけ入れれば良いよ、と伝えると彼女は安心した様な表情を浮かべた。どうして僕の言うことをそう素直に信じるのだろう。清められたはずの心が、再び黒いもので濁り始めた。

 若いカップルや友人たち、様々な人が賽銭箱に行列を作る。僕達もその列に並んだ。賽銭を終えた同級生とすれ違う度に、含み笑いを浮かべられる。時折友人が#dname#を指して、彼女?と聞く。その度に#dname#は顔を赤くする。そうだよ、と言ってしまいたい感情を抑えて否定すると、おもちゃが無くなってしまったような、顔をしてみんな去って行った。

「徹ちゃん人気者だね。」

「みんな#dname#が気になってるだけだよ。」

 賽銭箱の前に並ぶ。#dname#が銅銭を投げ入れると、じゃらじゃら、と音がなる。僕はそれを見つめながら#dname#の真似をして小銭を投げ入れた。実力で得られることは神様になんて頼まない。僕にとってこの日は年に一度の参拝の日ではなく、一年間の行いへの懺悔を行う場所。
 一年間で蓄積されたこの醜い感情に懺悔をする。そして、少しだけ、欲が湧く。周りの人と同等の人間になれたかのような錯覚がして、願い事をする。願わくば#dname#と来年もここへ来れますようにと。いつか終りがくるこの関係が、出来るだけ長く続きますように、目を伏せて願った。
 けれども神様には、この僕の後ろ暗い感情も見えているのだろう。こんな僕の願いなんて聞き入れてくれるはずがない。一生、#dname#に好きな人なんて出来なければいいのに。僕だけを見ていればいい。新しい男なんて知らなくていい。僕が#dname#の欲求を全部満たしてあげるのに。なのに、どうして#dname#は、僕を幼馴染というフィルター越しでしか見てくれないのだろうか。

「次はおみくじひこう!去年は小吉だったから、今年は大吉がいいな。」

「僕はいいから、#dname#ひいておいで」

「徹毎年ひかないよね?なんで?」

「及川さんは引かなくても大吉なんですよ。」

 #dname#がばかじゃないの、と笑う。それでいい、君はずっとそうやって、何の邪心も抱くこと無く僕を見ていてくれればそれでいい。#dname#の後姿を見つめながら僕はそっと目を伏せた。僕にきっと神様の恩恵は与えられない。だから、僕はこの感情を形にしない。独占欲に溺れて、#dname#をがんじがらめにする僕に、神様はきっと制裁を下すだろう。だから今が僕の生涯の中で大吉である瞬間なのだ。
 これ以上を僕は望まない、望めない。

「みて、徹、大吉!」

 おみくじを見せながら#dname#が駆け込んでくる。僕は良かったね、と微笑んで#dname#の手を引く。今年こそは良い出会いがありますように。そう冗談の様に#dname#は呟いた。10円玉に込められた僕の念は、彼女には伝わっていないようだった。大丈夫、僕が居るから。#dname#はもう少しだけここに居ればいい。もう少しだけ僕という存在に縛られて、僕の隣で笑っていてくれればいい。
 境内を一歩踏み出すと、僕の中はまた、汚い感情で一杯になってしまった。


(2015.12.31)

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