ホットバタードラムでおやすみ
日曜の夜は客足が少なく、テーブル席の2人のみ。彼らもペースが遅くなってきたため、水の入ったグラスを交換した。そろそろ閉店の準備をしようとカウンターに戻り洗浄が終わったグラスを磨いていると、ドアがゆっくりと開いた。見かけないお客様だった。身長が高く細身ではあるが筋肉がしっかりついていることがコートの上からでもよく分かる。眼鏡の奥の瞳から感情は読み取れない。きれいな人だな、と思いながら彼に視線を向けほほ笑むと「一人で」というのでカウンター席でも問題ないか確認し、席へ誘導した。
この店「bar en」ではミクソロジータイプのカクテルを主に取り扱っているため、季節の果物や四季を感じる香辛料等が書かれたメニューを渡す。
「当店はミクソロジーに力を入れておりまして、こちらが本日おすすめのカクテルになりますが、こちら以外でもおつくりすることは可能ですので遠慮なくお申し付けください。」
「ありがとうございます。」
そう言ってメニューに目を落とす彼をみつめなから時間的に食後で締めに1-2杯飲んで帰る感じ、でもおそらくあまりアルコールに強いタイプではないだろう。ウィスキーやワインベースのカクテルよりジンやリキュールベースでおつくりしたほうが良いかな。「おすすめで」とか「さっぱり系の」と言われたときのために彼を分析しながら幾つか候補を見繕っていると、「これでおねがいできますか?」との声が聞こえた。
指さす先は白イチゴのリキュールに生のイチゴとブラックペッパー、はちみつにミントを添えた春を指すカクテルだった。
「承知しました。少々お待ちください。」
注文を受け水をお渡しするとともにen自慢のプチサイズのケーキとドライフルーツ、ナッツ類を少々添えたチャームを彼のテーブルに置くと、彼の瞳が少し輝いたように見えた。フォークでケーキを一口サイズに切り、口に運んだあと少しだけ目を細める。もしかたら彼は結構甘いもの好きかもしれない。
「カクテルですが、ホイップクリームを上にお乗せすることをご提案させていただいているのですがお客様もいかがですか?」
これは甘党のお客様向けのサービスだった。ふんわりとした軽やかなホイップクリームを乗せることで口当たりも変化があって楽しめるようになっている。希望者だけだが男性でも好きそうな方にはこのようにYESと言いやすい訪ね方を心がけている。
「じゃあお願いします。」
「かしこまりました」
冷蔵庫から苺をとりだし、早速カクテル作りに取り掛かろうとしたところでテーブル席のお客様と目が合う。お会計らしい、伝票を持ってお先に伺う。カードでの決済を済ませると女性客の方からカクテルももちろんですが、ケーキも美味しかったです、とお褒めの言葉をいただいた。定期的に新しいものをお出ししてるので、また来てください。行って2人を見送る。
「お待たせして申し訳ありません、すぐにお作りしますね。」 こう言う時に1人しか従業員がいないのがもどかしい。お待たせしているお客様のカクテルに取り掛かる。
「急いで無いので大丈夫です。お一人大変じゃないですか?」
「そうですね、ただ好きで始めたことなので。本当はお待たせすることのないように人雇えたら良いんですけど…まあお恥ずかしながらそこまでの余裕もないもので。」
「まあそうなりますよね。このケーキも#dfam#さんが作られてるんですか?」
一瞬私の胸元に輝く金色のネームプレートに目をやりながら彼はそう言った。
「そうなんです!札幌のパフェじゃないですが、お酒とケーキもなかなか良いものだと思うので出させていただいています。もちろん単品でもそれぞれとても美味しいですが。」
「これ、すごく美味しいです。」
「ありがとうございます。たまにイベントなどでケーキだけの販売もやってたりするので、よければそちらも来てみてください。」
「そうなんですね、知らなかったなあ」
寡黙なタイプかと思ってたので会話のラリーが続くことが少し意外だったが、今日はいつも以上にケーキを褒められることが多くてなんだか嬉しかった。出来上がったカクテルをお渡しする。
一口目のリアクションはすごく気になるが見ると緊張されるだろうと思いマドラーとシェイカーの洗浄に集中した。
「これ、めちゃくちゃ美味しいですね、甘ったる過ぎなくて美味しいです」
そんな声が落ちてきた。内心ガッツポーズをする。笑みが溢れそうだったところを抑えながら白苺は甘味と酸味のバランスがちょうど良くてよく見かける苺リキュールほど甘ったるくないことをお伝えする。
「甘いものがお好きなんですか?」
「意外ですよね、よく言われます。」
彼は少し恥ずかしそうな顔をして笑った。
「全然!そんなことないです!男性のお客様でも甘党の方結構いらっしゃいますよ、先日のケーキのイベントなんかでもお見かけしましたし。」
「でも甘いお酒が好きって人は少ないですよね」
「まあ、そうかもしれないですね…そもそもお酒を飲まない方も増えられてますし。まあ、そう言う背景もあって飲みやすいカクテルを試行錯誤中です。」
「接待先でも#dfam#さんのカクテルがあれば良いですけど、いつもカルーアミルクばかりで正直ちょっと飽きるんですよね、食事に合うかと言われればまた微妙じゃないですか。」
私オリジナルと胸を張れるほどのものではないが私のカクテル、と言われたところが嬉しい。こういう言葉の選び方が上手な人だなと思いながら彼の悩みに答えるべく、幾つかカクテルを考えた。
「そうですね…是非二次会でのご利用をお待ちしています。あと、もしよければ接待向けの飲食店であればメニューになくともいくつかお客様のお好みは作れそうなのですがちょっとご紹介しても良いですか?」
「良いんですか?それは是非お願いしたいです。」
棚から取り出したのはアマレット、桂花陳酒、いくつかのジン。ドライジンと呼ばれる部類は苦いのが多いけどローンウルフのライムジン、オールドトムジン、サイレントプールの日本版くらいならもしかしたらいけるかも。とバーカウンターに並べる。
アレルギーは特にないしアルコール自体に弱いわけではないとのことだったのでいくつかテイスティングをしてもらうことにした。
「これはカルーアミルクと同じようにミルクで割ると美味しいです。私はよく杏仁豆腐みたいな味って皆様にお伝えしてます。」
アマレットをミルクを割ったものをお出しする。元々色味や香りから甘さは感じられたようで、ためらうことなく一口飲まれると、たちまち表情が明るくなった。
「そして、もう少し甘さを控えるのであればミルクの代わりにジンジャーエールです。これなら先ほどのものよりもお料理に合うかと思われます」
「こちらはいかがですか?」
「これ、めちゃくちゃ良いですね。覚えました。ありがとうございます。」
「…あの、もし可能であればもう少し甘みが減りますが色々ご紹介できますが如何ですか?」
中華料理屋であれば桂花陳酒、そのほかジンを多く取り扱っているお店や他のバーであれば比較的好みに合いやすいジンが幾つかある。少しでもお酒を好きになって欲しい。ここには人の数だけ趣向が凝らされたお酒やトニックがあるのだから。
「お気持ちは嬉しいですけどまた次の楽しみにとっておいてもいいですか?」
その言葉につい一人で浮かれていたことに気づいて反省した。バーテンダーがアルハラするなんてあってはならない。お客様の表情を見ると飲めなくて困っているわけではなさそうだったけどいささかそこまで飲む気はなかったといったところだろうか。
「もちろんです。ちょっと張りきりすぎてしまいました。申し訳ありません。」
「いえ、寧ろ思いがけずこんなにお酒に詳しくなれそうな店を見つけられてラッキーです。ただ今日ちょっと時間が無くて、すみません。お会計をお願いします。」
この後予定でもあったのだろうか、であればますます悪いことをしたな。と思いながらクレジットカードを受け取る。サインを求めると彼の長くて骨ばった指が名前を書いた。”Kei Tsukishima”と書かれている気がする。あまりこういう場でお客様の名前を知るのはモラルとして良くないのは分かってはいるので絶対に検索しないようにしようと自戒する。
「承知しました。こちらになります」
「え、これ一杯分ですよね?」
「そうです。」
そういうとツキシマさんはでも色々頂きましたよ、と空になった小さなグラスたちを指さす。それをみて私はああ、と小さく声を漏らした。これを気にしていたのか。
「これはテスターなので料金いただかないです。そんな、これはサービスだと思ってください。」
でもそれを公にするとそれ目的の人が増えるので内緒にしてくださいね。そう続けるとツキシマさんは申し訳なさそうな顔をやめ、イタズラげな笑みを浮かべてわかりました。と答えた。 「じゃあ次回は#dfam#さんのおすすめの続きでお願いします。ちゃんとオーダーするので料金取ってくださいね」
そういって彼はお会計をして店を後にした。ツキシマさんが次に来たときは何をお出ししようかな。とっておきの甘いデザートも用意しておこう。
いつもよりも少し仕事が楽しくなったこの日を境に月島さんはこのお店の常連になるのだった。
(2024.03.19)