怒涛の忘年会ラッシュが終わった今日はクリスマスイヴ。社会人平日のクリスマスなどあって無いようなものだったけど、週末に少しだけでもクリスマス気分を味わっておこうと買ったクリスマスモチーフのドライブーケがここ数日間の帰宅後の私の癒しになっていた。
今日は早く帰れたし、クリスマスなのでドリアでも作ろうかと色々籠に放り込み、買い出しを終えたタイミングで同僚の黒尾からLIME。
[おつかれ〜今日もう帰った?]
クリスマスだぞ。と心の中で突っ込んだが、黒尾はそんなこと織り込み済みで、その上で私はクリスマスに暇である確率が高そうだ。と判断されたのだろうと思い眉を顰める。
一方で、黒尾もクリスマスイヴの夜は空いてるという事実に思わず頬が緩む。会社というコミュニティの中でなければ私は彼のことを軽率に好きになったと思う。正直見た目も中身も好みの男だ。だけど私たちは同僚。拗れた後の職場環境を考えたらおいそれと好きになるわけにはいかない。
[もう帰宅して食材買っちゃったよ]
[何作る予定?]
[ドリアとチキン]
[なにそれ美味そー俺も食べたい]
[てか俺得意先から貴腐ワインとケーキ貰っちゃったんだけど要らない?]
そう続けてきた黒尾のメッセージの文末には私が好きなワイナリーのラベルが貼られた貴腐ワインがあった。
[最高、要る。]
[じゃあメシと交換な。30分くらいで着くけどなんか必要?]
黒尾は家に来たことはあるが、それは他の仲の良い同僚も含めての話だ。自宅で2人きりになることに緊張するが、黒尾の文面からはそれが一切感じられなくて、私ばかりが初心で馬鹿みたいだと思った。家にはあらかたお酒はあるので氷と炭酸を買ってきて欲しいとお願いして家路を急ぐ。
玄関を開けてから目につく汚いポイントを頭の片隅に入れる。食事は最悪黒尾が待つから良いとして、必要最低限の掃除はしておこう。玄関の余分な靴とDMを片付けてトイレをチェックする。洗濯物はクロゼットに追いやって念のため消臭剤を振る。
リビングは幸いにも週末ドライフラワーを飾るタイミングで奮起して綺麗にして以降、連日忘年会だったから綺麗さを保っていた。2人分の食器をおくにはスペースが心許なかったので花や細々としたものを棚の上に追いやった。
お米を早炊きした後ソースの作成に進む。並行して解凍したブロッコリーマカロニをマヨネーズなどで和えたマカロニサラダをボウルのまま冷蔵庫に戻す。黒尾が来る分の嵩増しサイドメニューを作りながらドリアもオーブンに入れ、骨付き肉にとりかかろうとしたところでインターホンが鳴った。
インターホン越しに映る黒尾は特に何かいうわけでもなくカメラを見つめて軽く右手を上げた。私はそれを見てドアを開ける。そのまま玄関ドアの鍵も開けておくと暫くしてから部屋前のインターホンが鳴った。律儀だな、と思いながら再びキッチンを離れて玄関に向かう。
「鍵開けておいたのにー、上がって、ほらまだ出来てないけど」
「いや、エントランスあるとはいえそこは締めておこーよ、物騒な世の中よ?」
黒尾はおじゃまします、と続けながら部屋に上がった。洗面所で手洗いをしてから私はハンガーを手渡す。こうして見慣れた家の中に黒尾がいると大きさが際立つな、と思いながらコートとマフラーをかける黒尾を見つめていると黒尾と目があった。
「そんなに見つめないでよ、緊張しちゃう」
「黒尾が緊張するとか一番ないでしょ」
黒尾は私の返答にハハと笑いながらそれ以上何かを言うことはなかった。
「ネトフリ入ってる?折角だしクリスマスっぽいやつ観よーぜ、ホームアローンとか。」
「良いねー、テレビのリモコンから行けるから再生しといて。」
黒尾はテレビを操作し、お目当ての映画を流してからワインとケーキ、コンビニの袋を持ってキッチンに来た。
「うわ、もう美味そうな匂いする、これ1人で食うつもりだったの?」
「んなわけないでしょ、明日も食べれば良いやって思ってたし黒尾も来るからちょっと増やしたの!」
「そう、サンキュー。あ、これ冷蔵庫入れたいんだけど開けて良い?」
「妙なとこ礼儀ただしいよね黒尾って、良いよ、適当に入れておいて」
「嫌だな、俺はいつも#dfam#には紳士でしょ。」
「はいはい、黒尾ハイボールで良い?」
「うん、あ、俺作るよ、#dfam#も同じので良い?」
「うん。ありがと、じゃあこれ使って。グラスとマドラーはそこにあるの適当に使って。」
そう言って棚からウィスキーを取り出して黒尾に渡す。そのあと私が指差した私の後ろの棚からアルコール向きのグラスを選んでいた。黒尾はこうやって時々私に軽口を言う、付き合いも長くなるにつれてあしらい方を覚えたけれど内心少しだけドキドキしてしまう。背中越しに黒尾の気配を感じる。当の本人は自分の発言など気にせず目当てのグラスを取ると一人暮らしのキッチンは2人並ぶには少し手狭だと判断したのか、黒尾は必要な物を持って再びリビングに戻っていった。
ドリアが出来上がり、チキンももう少しというところで黒尾が両手にグラスを持ってきた。
「もう出来上がる感じ?それともキッチンドリンカーする?」
「もう出来るから大丈夫、黒尾先飲んでて良いよ。」
そういって仕上がりまでの段取りを整理してたら黒尾が今度は両手を空にして戻ってきた。
「手伝えるとこやるよ、」
「…じゃあドリアオーブンからだしてくれる?テーブルに鍋敷きあるから、ミトンはそこ。」
「了解」
そこまで気を使わなくていいのに、と思いつつも黒尾の親切さが胸に響く。その後ろ姿を見ていっそ同僚じゃなければいつもの軽口に乗ってしまえるのに、と思ってしまった。
出来立てのドリアとチキンと副菜たちはアルコールとともにあっという間に私たちの意の中に流れていった。もうこれ30年近く前の映画なの信じられないだとか、職場の先輩の嫌味が増したとか、あの後輩は優秀だとか、クリスマスだけどほとんどいつもと変わり映えしない会話をしていたらあっという間に時間が過ぎていった。徐々に近くなる距離、時折触れる肩にどきりとしながらも私たちはただの同僚と言い聞かせた。
そろそろ水が欲しいと思いキッチンに向かうために立ったところ、足元がふらついた。棚に肩をぶつけると先ほど避けた花と籠がバランスを崩して床に落ちた。自宅だからと気が緩んで飲みすぎてしまったかもしれない。
「おいおい、大丈夫かよ。仕方ねーな」
そういって黒尾が私を支えながらソファに座るように促す。私は促されるままソファにもたれかけると黒尾は私の頭をポン、と撫でたというべきか、叩いたというべきか絶妙な力加減で触れたあと、キッチンに向かっていった。両手には水。
「家だからいいけど、飲み過ぎだからな」
「ごめんごめん、貴腐ワインがおいしすぎてつい…」
「まあ俺もちょっと飲み過ぎたわ、美味かった。」
黒尾は水を一つ私に手渡し、もう一つをテーブルに置いた。そのまま落ちてしまった籠とブーケを拾い上げ、一瞬じっと見つめた後テーブルの上に置きなおした。
「私明日リモートにしようかな。」
「じゃあ俺は午前休取ろ。」
「クリスマスに有給は怪しまれるって、遊んでると思われるよ。」
「いやいや、あのね、俺に女の影が無さすぎて上司が焦ってるから、寧ろ安心すると思うよ。」
「よく言うよ、後輩からめっちゃモテてるくせに」
「誰彼モテれば良いわけじゃないでしょ、それを言うなら#dfam#だって。」
「私は年々可愛げがなくなってきてる自覚はあるから危機感しかない。」
「それが好きってやつもいるだろ。」
「…どーかな、」
そう言い放ったものの、黒尾は何を言うわけでもなく優しく目を細めた。腰を浮かせてテーブルからグラスを拾い上げ一口喉に流し込む。グラスを再びテーブルに戻した黒尾は心なしか少し近づいてきていた。
「…なあ、#dfam#」
黒尾は両膝に肘をつけながら改まって私のほうを見上げてきた。
「#dfam#の目に俺がどう映ってるか分からないけど、俺は今日少なからず緊張してるし二人きりでクリスマス過ごせてラッキーって思ってるよ。」
「何、急に。」
「少なからず#dfam#は俺のこと好きでいてくれると思ってるけど、そろそろちゃんと恋人候補にしてくれない?」
「でも私達同僚だし」
「同僚だし?」
「…一時の盛り上がりで付き合って別れたあとリスクが大きすぎるよ。」
そういうと黒尾は不意を突かれたような表情をした。
「何、そんな事考えてたの?」
「そんなことって、大事なことだよ」
随分と軽々しく言う黒尾に若干腹が立って語気を少し荒げてしまった。黒尾は相変わらず私を優しいまなざしで見つめ続けていて、私の不機嫌な顔は居心地が悪くなる。
「要は一時の盛り上がりじゃなきゃ良いわけね。」
黒尾はそういって視線を伏せた。
「ねえ#dfam#。俺この会社入ってからずっと彼女いないの知ってた?」
「え、うそ、知らない。」
「だよね。お前何も聞いてこないくせに遊んでるってレッテル貼ってきたもんね。」
ご指摘の通り、わざわざ聞いて傷つく勇気が無くて今まで聞いたことはなかったけど、言われてみればどれも噂だけで黒尾の口から彼女がいると聞いたことはなかった。
「何故か俺は#dfam#からは遊び人認定されてるけど、ここに入ってからずっと#dfam#が好きだった。アプローチかけても反応悪くないし、期待して良いのかなって思ってたけど肝心なところでいつも逃げるでしょ。」
「嘘だ、」
「嘘じゃないよ、何ならあいつらも知ってるよ」
以前私の家に集った同僚たちの顔が浮かぶ。
「そろそろ俺の長い片想い、成仏させてくれない?」
「ねえ、#dfam#、俺と付き合ってよ。」
予想していなかった出来事、期待するなと制御し続けてきた思いが溢れてきて思わず涙が零れた。嗚咽で声が出せそうにないので私は頷いた。
それを見た黒尾はそっと私の肩を抱き胸元に引き寄せた。黒尾の心臓がバクバクしていて緊張しているのが伝わってくる。
「…クリスマスなんて我ながらベタだね」
そういって笑いながら私の頭を優しくなでる。鼻の中に黒尾の匂いが充満する。暖かさが心地よい。酔いなんてもうとっくに醒めてしまった気分だった。
「ねえ、#dname#って呼んで良い?」
その声に顔を見上げるといつもと変わらない優しい視線。頷くと黒尾は満足そうに微笑んだ。
「だから#dname#も鉄朗って呼んで。」
な、と念押しするように黒尾は言って私から離れた。どこへ行くのかと思ったらティッシュペーパーを取りに行ってくれたらしい。黒尾は箱ごと私に差し出してきた。
「そんなに泣き虫だっけ、仕事はあんなに手厳しいのに」
「仕事は仕事でしょ…」
ようやく落ち着いた呼吸の中で私は返答する。黒尾は私の涙が収まったことを確認すると私の手からティッシュペーパーを取り上げてテーブルに置きなおした。その手が一瞬止まってドライフラワーに触れる。
「これ、クリスマスだから買ったの?」
黒尾がそう言いながら先ほど落としたドライフラワーのブーケを掴んで手繰り寄せる。
「そうだよ」
「可愛い所あるね。」
一人の盛り上がりで買ったそれをそう改まって言われるみられるのは少し恥ずかしかったが、そんな事はお構いなしと言った表情で黒尾はブーケをまじまじと見つめた。
「ねえこれ何か知ってる?」
そういって緑がかった葉と実を指さす。植物に対して造詣が深いのだろうか。私は分からず首をかしげると黒尾は明るい声でこう言った。
「これ、ヤドリギだよ。」
「へえ、そうなんだ…」
クリスマスのヤドリギ、映画でよく見る組み合わせから続く映画のシーンとジンクスを思い出す。いや、でも、ここ日本だし。まさかそこまで知って言ってるわけじゃないよね。と黒尾を見上げると、黒尾は私のリアクションすら想定通りだったのだろう、再び私の首に手を回した。
「#dname#は物知りだね」
そっくりそのままそのセリフをお返ししてやりたい、と思った瞬間、黒尾の唇が私のそれに触れた。心臓が急にうるさくなる。一瞬触れたあとまた離れた黒尾の顔を見つめる。ああ、私は黒尾が好きだ。今幸せでたまらない。
「ねえ俺のこと名前で呼んでみてよ」
「…鉄朗」
見慣れた、だけど言いなれない名前を口にする。リアクションを確かめるように黒尾を見上げると満足そうな笑みを浮かべていた。
「#dname#の口から聞けるのすげー新鮮。早く言い慣れてね。」
黒尾は再び私に口づけする。唇の輪郭を辿るように、表面を撫でるように。唇を何度も食み、やがて口内に侵入し歯列をなぞるような舌の流れに思わず腰が砕けそうになる。黒尾の手が私の頭と腰を支える。徐々に荒くなる二人の呼吸。
「…ねえ、やっぱり#dname#も明日午前休とってよ」
時刻は24:00、クリスマス。もうしばらく私たちは眠りにつけそうにない。
右手に永遠を
(2024.12.24)