フィーネ
※主人公が結構だめ人間
“昨日はありがとう”
休日の上に前夜の頑張りでだいぶ疲れていたのか昼近くの起床。スマートフォンを確認すると#dname#からの通知が数件来ていた。リエーフの結婚祝いの品のリスト、昨日の会計の請求依頼、そして、最後にありがとうと一言。このありがとうには多分色々含まれているんだろうなと思いながらも返信が来ていることに安堵し再度スマートフォンを伏せた。
言おうか言うまいかずっと迷っていたこと、ずっと聞けなかったことをついに昨日は言ってしまった。
実はリエーフからの結婚報告は先日たまたま会った時に受けており、その時に「黒尾さんも男ならちゃんと言わないとダメっすよ」なんて焚きつけられたのが直接的な動機になったのは認めたくないが、結果として今また#dname#とやり直せるチャンスを得たためリエーフには感謝しなければならないだろう。
今から6年前、#dname#との交際が続いて5年目のころ。
上京してきたそれぞれ一人暮らしを始めた。#dname#は最初は会社の寮に住むと言っていたので、会うときはもっぱら俺の家になっていた。最初は週末になれば会うようになり、平日は昼休みと夜に連絡を入れていたが研修期間を経てプロジェクトにアサインされたころから少しずつ会う頻度が減っていった。
気晴らしに週末どこかに出かけようか?なんて提案してみても疲れてるから行きたくないと断れられることが多く、前よりもやつれた#dname#に対して大丈夫かと気にかけてみても大丈夫だの一点張りで取り付く島もなかった。
「私、鉄朗みたいに仕事頑張れないかもしれない」
仕事、好きじゃないかもしれない。
近所で行きつけのイタリアンに#dname#を連れていったとき、ぽつりと#dname#が呟いた。
俺だって楽しいことばかりじゃないと一瞬口から出そうになったが飲み込んだ。ここで言い合ったって何も解決しない。#dname#にかける言葉を探していると彼女のほうからなんでもない、ごめん。鉄朗だって大変だもんね。と言いながら笑顔にも満たない笑顔を浮かべた。
テーブルの上に載せられた#dname#の腕や指先は昔よりも少し骨ばったようになっていた。その薬指に指輪をはめることが出来るくらい俺が稼げれば解決策だって提示できるのに。でも今の俺は恥ずかしながら自分のこと、仕事のことでいっぱいいっぱいで#dname#の心を守ると言い切れるほどの安定はなかった。
その後料理が運ばれたことによってその話は中断になったが、その日以降、#dname#と会う頻度が益々減った。
丁度俺も大きなイベントの企画が始まったため、互いの生活に言及することなく日々を消化する生活になっていた。
そんな中、世間が夏休みといわれること、音駒男子バレー部OBの集まりがあった。とはいえ厳格にOBだけということではなく、当時から親交のあった#dname#もこういった飲み会やグループラインには招待されていたがこの日は参加することが無かった。
「#dname#さんだけ欠席って珍しいね、クロなんかしたの?」
飲み会も中盤になったころ、きっとみんなが思っていたであろうことを研磨がドストレートに聞いてきた。
「…今回は何もしてない、というか何もしてないからだめかもしれない」
そういってビールを飲む。はは、と乾いた笑いが出た。最初はいたずら気な笑みを浮かべていた研磨だったが急にまじめな顔つきになった。
「#dname#さんもそうだけど、クロも全部なんでも自分でなんとかしようと思っちゃうから少しは話し合ったほうがいいと思うよ。」
「まだなんも言って無いデショ」
「#dname#さんメッセージも最近リアクションないし、たまに返してきてもわけわかんない時間だし、クロが忙しいのは分かってる。お互い今社会人として独り立ちしようって時なんだから余裕ないんだろうなってことは分かるよ。」
まさに今の状況を研磨に言い当てられ、研磨の人となりを改めて思い出した。昔はそもそも人の関係に興味がないから言及してこなかっただけで、その観察眼で大抵のことは読み取ってしまうやつだった。
「#dname#が最近仕事つらそうなんだけど、辞めれば?なんて簡単に言えないし、俺が籍入れて養うなんて言えるほどまだ社会人としてのキャリアもないからどうしてやればいいのか分かんないんだよな。」
「…びっくりした、いつかはするとは思ってたけどもう結婚まで考えてたの」
「だってもう5年も付き合ってるんだし、社会人になってなんか変わっちゃうかもとは思ってたけど結局俺の気持ちは変わらないし、#dname#しかいないって思ってるよ。」
「そこまで言わなくていいけど、そうなんだ、ちょっと羽目外して#dname#さんに飽きられてるんじゃないかって思ってた。」
「研磨クンはまだ僕のことパリピ風野郎だとても思ってるのかな…?」
とはいえ思い出す#dname#の姿の割合は学生時代のほうが多く、社会人になっても許される限りそれなりの時間を#dname#と過ごしたつもりではいたが部屋でただぼーっとして会話を交わすだけのあの時間が思い出として浮かぶことは少なかった。本当に、財力があったとして今のまま結婚しても大丈夫なのだろうか。
そして翌週、お盆明けの企業からの連絡が大量に来ており、いつもより仕事が忙しかった。メールを消化していくと一つ催促の連絡を見つけた。しまった、調整が漏れていた。やってしまった。明確な俺のミスだった。
その週はミスをリカバリーするのに関係各所に頭を下げて走り回った。久々に生きた心地がしなかった。とはいえ何とかなりそうな兆しが見えたけどまだ油断できない中で迎えた金曜日、#dname#が家に来たあの日、あの日が人生で一番思い出したくない日になった。
#dname#は相変わらずテンションが低いままで、ネトフリを流しながらピザを食べていた。
昔だったらその儘キスしてベットに雪崩れ込むようなシチュエーションでも最近はそんな気配はなし。俺も今日は仕事から解放されないままの心情だったので、そんな気も起らずただただ映画を見つめるだけだった。
「メッセージ見たけど、研磨すごいね。結構な再生数だよ」
「なんかゲーム配信流行ってるらしいよね、この前プロ目指すかもって言ってたよ。」
「学業もゲームもできてその上資産形成までできてるって羨ましすぎる。今はやってないけどバレーだって上手だったし。」
「何、#dname#チャンは研磨に目移りでもしましたか~?」
「そんなんじゃないよ」
はは、と#dname#が笑う。ただみんながうらやましいだけ。そう続けた。
「鉄朗だって仕事楽しんでやってるでしょ、うらやましいよ。私も皆みたいにこれっていうものが欲しかった。」
そんな意図はないのは分かってるけど、いつもより少し余裕がなかった俺は、まるでお前の仕事は楽だろうとでも言われたような気がしてしまい少し気に障った。ずっと心の底にあった気持ちが口から止まらなかった。
「…#dname#はそうやっていうけど俺だって仕事が苦しいときはある。#dname#は何がやりたくて今の仕事に就いてるの?苦しいかもしれないけど、もう少し頑張ってみたら?」
その言葉に#dname#の笑顔が固まる。しまった。と思った。
言っていることは間違ってない、けど、正論を言って解決することとそうじゃないことがあるのは分かっていたつもりだった。
#dname#は何とも言えない表情でそうだよね、ごめん。考える。そういってまた口を閉ざした。俺も何も言えずにそのまま気まずい時間が流れた。その日は泊まることなく#dname#は帰っていった。こんな風になるつもりじゃなかったのにと一人になった部屋、一人の別途で小さく唸った。また連絡のない日々が始まった。
仕事は相変わらず忙しくて、この前の問題を引き続き解消させながら今ある業務を進めるので手一杯だった。
#dname#はあの時一応考える。とは言っていたのに何も連絡を寄こさない。そんなことにすらいらだちを覚えた。俺にどうして欲しいんだよ。そんな気持ちが芽生えてることを自覚した。
このまま会ったとしてどうする?俺はきっとまた#dname#を押しつぶす。このままじゃだめだ、俺も#dname#も壊れてしまう。
「もし俺との関係もストレスになってるなら距離を置くことも検討してみてほしい。」
久々のメッセージ。夜中に届いた返信は「分かった、別れよう」の一言だった。
メッセージを開いた瞬間は、距離を置こうっていっただけなのになんでそうなるんだよ。とかそれが本当にお前の解決になるのかよ。とか、思うことは沢山あった。電話してやろうと思ったけどその時は全てもうどうでもよくなってしまって、俺はそのまま返信をしなかった。5年という長い年月はメッセージ一つで簡単に終わった。
数年たって音駒OBとしてかろうじて#dname#との仲が戻ってきたころ、あの時#dname#は障害対応で連日残業、午前様の状態だったとどこからか聞いた。OB会で見る#dname#は徐々に笑顔が戻っていって新卒のころに嫌というほどみたあの虚ろな瞳は消えていた。当時は本人の精神状態も限界だったのかもしれない。でも結局あの時の俺たちにとっては別れたという結末がすべてだった。
そして今日、あの時よりも大人になった俺たちはもう一度二人の未来を考える。
あの時よりも精神的にも大人になった、もっと#dname#に優しくできる、今の俺だったらあの時の#dname#にしてやれる選択肢は沢山ある。だから、どうか俺の手を取ってほしい。一度誤って終わってしまった関係に再び花開かせてくれないだろうか。
「今日は時間くれてありがとう」
「いや、こちらこそありがとう」
外で話すのもちょっとあれだし、ということで#dname#の家でご飯を頂くことになった。初めて入った#dname#の部屋に緊張しつつ案内されたソファーに腰掛ける。飲み物を持った#dname#も隣に腰掛けた。
「…鉄朗が開口一番憎まれ口叩かないとちょっと緊張する」
「別にもともと俺そんなキャラじゃなかったでしょ」
「確かに、そうだったね。いつも鉄朗は優しかった。」
あの時のことを思い出していた、と#dname#は続けた。あの時は自分のことで手一杯で鉄朗への配慮が全くできていなかった、鉄朗は最大限私に優しくしてくれていたのに気づかなかった。メッセージを見たときは遠回しに別れようって言われてるのかと思って何も考えたくなくなって衝動的に了承してしまった。あの時からどうせまた同じことになると思って人と付き合ってこなかったけど仕事も変えて昔よりも余裕が生まれた。
そう言って#dname#は深呼吸した。
「改めて考えてやっぱりもう一度鉄朗と一緒にいたいって思った。だけど私があの時のままだったらだめだから、今度は鉄朗にばかり甘えないようにしようって自分に誓った。あの時は本当にごめんなさい。今また好きでいてくれてありがとう。こんな私でよければもう一度付き合ってください。」
こんなすぐに言う予定じゃなかったけど、なんかやっぱりいざ目の前にすると早く言いたくなっちゃった、と#dname#は付け足して俺を見つめる。俺はそんな#dname#に笑みを浮かべて抱き寄せた。腕の中に納まった久々の感触。そのままおでこにキスした。いとおしいと純粋に思った。
「ありがとう、これからも大切にします。」
そうと決まれば同棲しちゃおっか、と声をかけるとさすがに気が早すぎると怒られた。
気が早いことなんてない、ずっと俺たちは止まっていたんだ、少しでも空いた時間の遅れを取り戻したいと思うのは自然なことだろう。早く空いた時間を埋めて、#dname#を隅々まで知って、そして誰よりも近くで#dname#と一緒に生きていきたい。
一度失敗を知ったからもう二度と同じ轍は踏まない。絶対に幸せになってやる。
(2024.02.24) 戻る