追憶に耽ける

「卒業生代表 #dfam# #dname#」

 名前を呼ばれた彼女はいつもと同じようにまっすぐに前を向いた強いまなざしときれいな弧を描く笑みを浮かべながら起立し、檀上へ向かった。一礼した後に彼女が言葉を紡ぐ。振袖の袂にはきらびやかな糸が縫い込まれていた。彼女が4年間の思い出と、未来への希望を述べている。

 僕がこの大学に入学したとき、彼女は2年生としてデザイン系のサークルに勧誘してきた。

 彼女はサークル意外にも色々個人で活動をしているらしく、あの有名ブランド創業者も実施したカリギュラフィーがとか、UI/UXについて、とかデザイン系の話を連発してきた。僕はそういった道に進む気はなかったため彼女が所属していたサークル自体には興味はなかったが、彼女自体に興味が生まれた。
 それから、時折彼女の所へ遊びに行っては、色々なことを彼女から吸収した。教授たちのゴシップや単位の取得方法、近くの行きつけの居酒屋やデザインについてまで、ありとあらゆる知識の断片には、彼女が潜んでいる。プレゼンテーションがある授業の前には彼女にデザインについて教わった。お陰で単位はAをとることが出来た。

「サークルだけではなく地域の皆様と様々な取り組みができたこと、ひとえにこの大学のお力があってこそだと思っています。一緒に取り組んできた皆さま、また私にご協力いただいた皆さま、この場を借りてお礼をさせてください。ありがとうございます。
また、ともにここで学んできた学生のみんな、楽しい時間をありがとうございました。今お伝えした通りここでできることは無限にあります。選択しなければ無いのと同じなので是非後悔のない大学生活を送ってください。」

 彼女が作成した大学のパンフレットはSNSで瞬く間に広まった。奇をてらっただけではなく分かりやすい情報が評価を得てデザイン会社からも声がかかっていたと聞く。そのパンフレットの中に数枚、僕の写真もあった。彼女から依頼をされてバレーボールサークルの活動写真と課題を消化している姿の写真を撮った。彼女の作品の一部になったのが少しだけ誇らしかった。

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「蛍、もうちょっと真面目だけど不機嫌じゃない顔して」

「しょうがないじゃないですか、慣れてないんです」

「はは、モデル向きなのに意外。慣れなさいよ」

「僕じゃなくてもいいじゃないですか」

「蛍がいいなって思っちゃったんだから仕方ないでしょ」

 そういって笑いながら彼女がシャッターを切った。人気のない朝方の大学。 このために早起きしたが不思議と足取りは軽かった。いつも彼女の周りには人がいるため、2人きりになるのは珍しかった。

「この前教授ともミーティングしてましたよね、大変じゃないんですか?」

「うーん、まあ、大変だねえ。」

「どうせ社会人になったら嫌でも働くのにどうしてそんなに頑張れるんですか?」

「はは、確かにそうだね。でも意外と今しかできないことってあると思うの。大人になってからしか気づけないようなことが。」

 これもきっとそうだと思う。そう言ってカメラのモニタを見つめた。

「蛍はバレーが好きだけど、他にも好きなものがあるなら損得勘定であまり割り切らずに突き進むのもありだと思うよ。」

「#dname#さんみたいに出来たらいいですけど、僕には難しいです。」

「私も二の足踏んでることは沢山あるよ」

「意外ですね、なんでも好き勝手やりたいことやってる人だと思いました」

「嫌味言ってる?まあ自分がなんとかできるものならいいんだけど、人の判断が絶対になるものはすごく怖い。」

 彼女はモニタを見ているようだったが焦点は合っていなかった。何かを思い出すかのような視線。#dname#さんが悲しそうな顔をしているのをはじめてみた僕はどこまで何を問いかけていいのか分からず口をつぐんだ。

 彼女の悲しい顔を見たのはその日が最後だった。

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「私事ではありますが、来週から東京でデザイン会社を設立させていただきます。設立するまでにあたり、沢山の方々にお世話になりました。」

 なんでも、彼女は有名なデザイン会社に気に入られたものの内定を辞退した。それでも彼女に目をかけていた社員が、彼女を説得し、関連会社として彼女の会社の設立を支援したらしい。勉学も、遊びも完璧な人だった。それなのに、僕みたいな捻くれ者にも優しくしてくれる人だった。

「#dname#さん、まさに才色兼備ですね。」

 谷地さんはそう言いながら、潤んだ瞳で彼女を見つめていた。谷地さんにとっても、彼女は憧れのようであった。むしろデザインを志しここに居るもので、彼女に憧れないものなど居るのだろうか。僕はデザインに興味はない。だけ、彼女には強く惹かれていた。いや、今もまだ惹かれている。

 彼女が深々と頭を下げた。拍手が体育館に響く。その光景が、彼女がここを去るということを僕に強く印象づけた。

“寂しい”

 僕に似合わない言葉が心を満たした。ぼんやりと描いていた感情が段々と明瞭になる。憧れじゃない、僕は#dname#さんが好きだった。今更気づいたって遅すぎるがこれは恋だった。

「#dname#さん、」

  卒業式が終わり、校舎に人が再び溢れかえった。人が捌けたタイミングを見計らって彼女に声をかけると驚いたような表情して、彼女は笑った。

「蛍。」

 楽しかったね、と呟いた声は感傷的になっている声色だった。静けさが二人の間に広がる。

「やっぱり、#dname#さんすごいですね。…おめでとうございます。」

 ありきたりな言葉しか出てこない自分に苛立ちが募る。#dname#さんは遠い目をしながら苦笑いを浮かべた。

「蛍、私ね、蛍に言いたかったことがある。」

 私、蛍のことが好きだった。

 耳を疑った。意味を確かめるかのように彼女の顔を再度見つめたが、彼女は照れくさそうに笑い、そして寂しそうに目を伏せた。最初にあったあの日から好きだったのだと彼女は続けたが信じられないという気持ちはまだぬぐえなかった。

「僕も、」

 僕も好きです、と言おうとしたところで彼女の言葉を脳内で反芻する。”好きだった。”そう締めくくられた言葉の意味を考える。
 それ以上でも以下でもない、過去の事象の報告。何か言おうとするも、何を言うべきかわからなかった。僕も好きだった。いや、今も、きっとこれからもずっと、好きだ。いつか彼女が言ったように何も考えずに言ってしまえば楽なのに、僕たちはそれができない。彼女はその言葉を求めていないようだった。

 最後まで、僕は彼女の後を追っていた。僕が彼女に気持ちを告げるか迷っている間に、彼女は自分の気持ちを精算して、僕に伝える行動を起こした。いつまでたっても、彼女は僕の理想で、僕は彼女のようにはなれなかったのだ。

「ずっと、#dname#さんを応援しています。」

 今まで、ありがとうございました。そう言って頭を下げた。すぐに顔を見る自信はなかった。心の何処かで彼女が後悔していてほしいと思った。出来るならばこれからでも、彼女との関係を築きたいと思ってしまった。彼女の性格からすればあり得ないことだと分かっていたにも関わらず、心の何処かで期待してしまった。

だから、僕は#dname#さんの表情を見るのが怖かった。

「ありがとう。」

 そう言って、#dname#さんは去っていった。彼女の後姿を視界に入れないように僕は彼女がいなくなった大学を後にした。

 きっと一生こんな気持ちにはなれないだろう。きっと、ずっと、僕は#dname#さんを憧れ続けてしまうんだろう。でも、#dname#さんに憧れるからこそ、僕も#dname#さんのようにならなければいけない。

僕も、#dname#さんのことが好きだった。


(2017.05.03 → 2024.03.13加筆修正)

あとがき ※ハイキューマガジンに言及します

月島のスライドが意外にも分かりやすいのは彼女の影響があってほしいなと思いながら加筆修正しました。

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