今夜だけ間違いじゃないことにしてあげる
今日はリエーフの誕生日という事で小さめの箱を貸し切ったらしい。ひとしきりお祝いの言葉をかけて会場に居る知り合いと会話した後、壁際にもたれかかりながら辺りを見回すと音駒やバレー関係者だけではなくお仕事関係であろう綺麗な人たちがたくさんいる。煌めくネオンボールにノリの良いDJ、時折聞いたことのある音源が出てくるとテンションが上がる。繋ぎがスムーズで聴いてて気持ちが良い。こんな日なんだから心からお祝いできればいいのに、数日前に同僚だった彼氏と拗れて別れてから私の心はずっともやついている。
「いやー有名人が多すぎて緊張する、あのポンコツリエーフも偉くなったもんだな」
そう言ってグラス片手に現れたのは黒尾だった。
黒尾とは健全な友人関係か?と問われると胸を張ってそうですとは言えない。何回か触れるようなキスをした間柄だけど感傷的な空気に呑まれただけで、結局それについて私たちは言及しないまま大人になりなにもない友人関係を維持している。
「すごいよねー…プロバレーボール選手もいるしあれはモデルさんでしょ?なんか私場違いって感じで申し訳ない」
「はは、俺も一般会社員だからな、まあそんな気にすんなよ、リエーフに呼んでもらってることには変わらないんだし」
せめてあれくらい綺麗だったら小さな諍いなんて怒らなかったんだろうな、良いな、美人。そう思いながらモデルのお姉さんを見つめる。ずっと浮かない顔をしている私を察して黒尾がなんかあったの?と聞いてきた。これじゃあ聞いてほしくてオーラ出したみたいだ、と内心反省しつつ、つい先日恋人と別れた話をした。
「別れた事自体はそんなに辛くないけど、また一からやり直しなのがつらすぎるし次もそうならないとは限らないじゃない?そんなリスクしかないし疲れる事ばっかりの中でどうやって恋愛始めたらいいかもうわかんないよ」
「いやーずいぶん拗れてんね、」
そう言って黒尾は笑って私ながらになったグラスを回収した。同じので良い?という問いかけに頷くと黒尾はカウンターへ向かって行った。昔から大きいとは思ってたけど社会人になって色々な人を見るようになってからさらに実感する。もうバレー自体はそんなにやってないって言ってたけど学生時代の賜物なのかジャケットの上からでも筋肉がついてるのがありありと分かる。私はその肌に触れた事はないけどきっと黒尾に真面目に愛されてる人は幸せなんだろうなあ、でも黒尾全然自分の話しないからそういう子がいる事自体わかんないな。
ぼんやりと黒尾を見つめていると新しいドリンクを運んできた。私の視線に気づいたのか「気が利くし優しいしイケメンだし黒尾って良い男~って思ったでしょ?」なんて言いながら私の手元にグラスを置いた。図星だったけどそんなこと言いたくなくて「そういえば黒尾の話全然聞かないなって思ってただけ」って言っておいたら黒尾からあー…と間延びした声が出た。
「俺もまあまあ上手くいかないのよ、好きな奴はいるんだけど見事に拗らせてるわ」
お前のこと笑ってる場合じゃないかもな、と言って黒尾は笑った。笑ってるけど寂しそうな笑顔だったので、私に言わないだけで黒尾にも色々あるんだろうなと思った。
「恋愛なんてめんどくさいね」
「人と人との関係だからまあめんどくさいだろうなあ」
「黒尾はそうやって達観することあるよね、私はもうしばらく良いや、とにかく今は楽しいことだけしてたい。」
「良いけどお前あんまり自暴自棄にるなよ」
「いいの、どうせ私なんて頑張ったところでたかがしれてるし、未婚だって今珍しくないし、幸いにも仕事は安定してるし」
元彼からの暴言を思い出す。私の代わりはいくらでもある。そう言った内容だった。別に特別優れてる人間だなんて思ったことはないけど真っ向からそう言われた事に地味にダメージを受けていた事に気づいた。
「なんで別れたの?変なこと言われた?」
「いいの、終わった話だから。とりあえず今日は付き合ってよ、飲も!」
そう言ってグラスを傾ける。心配そうな視線を受けた事には気づいていたが可哀想な私にはなりたくなくて精一杯の元気でグラスを合わせてシャンパンを飲み干した。
「#dname#、」
いつもなら黒尾はそれを見越して私の空元気に付き合ってくれるはずなのに今日はそうじゃなかった
「友人としてあえて言う。何言われたか俺はしらねーけど、聞くに値しない言葉に悩んでたってしょうがねーからな。 別に急いで判断する必要なんてないんだから焦んなよ」
お前なら他に良い人できるから、そう言って黒尾はテーブルの上に置いた私の手に自身の手を重ねた。
一瞬その行為にどきりとしたが、"友人として"と言われた言葉に線引きを感じて悲しくなった。 黒尾は友人ならだれでもこうやって励ますのだろう。他に良い人ができるだなんて言うけれど どうせ黒尾の好きな子はもっと綺麗で愛嬌があって面倒くさくない女なんだろうな。
「友人としてのご親切ありがとう、じゃあ気分転換にイケメンでも探してこようかな」
なんてったってここは有望株ばかりだし。と笑うと黒尾の顔が曇った。その感情の機微を察したかのようにずっと流行りの音楽を流していたDJ音楽を止めた。どうやら別のDJに変わるらしい。音楽の代わりに人々の会話の声がBGMになる。次はどんな人が来るのかとDJブースに視線を逸らそうとした瞬間、黒尾の手に力がこもったのがわかった。真っ暗になった視界の中で唇が触れた感触が際立つ。久しぶりの触れるだけのキスが落ちてきた。
屈んだ私にキスを落とした黒尾は気まずそうにまた背を伸ばす。なんで?前もこんな不意のキスはあったけど、あの時は黒尾がどうしようもなく弱ってた時だった。今弱ってるのは私の方なのになんで、キスなんて、するの。友人としてって言ったくせに。
「…嘘つき」
「なにが」
「友人としてって色々言ってきたくせに、なんでこんなことするの、もう気まぐれにこんなことしてこないで」
「気まぐれじゃねえよ、ずっと見てた、お前のこと」
あの時から、と呟いた言葉に耳を疑う。あの時ってあのキスのことを指してるんだろうか、一体何年前から?
「ずっと俺を見てほしいと思ってたけど全然お前の眼中にないからそれなら友人ってポジションでいいやって思ってた。…でももう限界。俺なら前の彼氏よりお前を笑顔にできる自信がある、だから付き合ってみない?」
思ってもみなかった言葉に混乱する、判断が鈍るほどアルコールは飲んでないと思いつつも黒尾の真意が分かりかねる。え、これ本気だよね。黒尾が私の方好きってこと?なんで?そんなことが頭の中でぐるぐるしていた。
「ほんとに、黒尾、私のこと好きなの?」
「そうだよ、ずーっと前から」
「なんで?私、だってそんなに良い子じゃない」
「お前の中で自分がどう見えてるかわからないけど少なくともこの会場でお前にしか目が行かないし笑ってる時も独り占めしたいって思ってるし泣いてる時は俺なら笑顔にさせてやれるのにって思ってた。
俺もなんでかわかんないけど、高校の時からお前にしか目がいかないんだよ」
なのにお前はずっとコロコロと付け入る隙もないままに彼氏を変えるから俺も諦めようとしたのに全然諦めらんねえの。なあ、わかる?
捲るようにそう言い終えると勢いよくグラスを空にした。ビールでもないのに飲み終えたあとあぁ〜っと言って脱力していた。 私は情報量の多さに戸惑いながらも黒尾に告白された、という事実を受け止める。
「本当に私でいいの?」
「#dname#がいいって、ずっと言ってる」
「…明日になって撤回しないでね」
「するわけないだろ、…その質問は合意ととっていいのかい?」
「…ちょっと待って、今酔ってるから」
「酒のせいにしてもいいから、俺と付き合ってみてよ」
でも明日になってもあれは間違いじゃなかったって言わせてみせる自信はあるけど。そう言って黒尾はまた私にキスを落とし、私の手を引いた。雪崩れ込むようにタクシーに乗った。その手はすごく熱かった。どうせもう答えは決まってるのにその場の空気に溺れたくて私は黒尾の肩にもたれかかり、目を伏せた。
翌朝リエーフからのLIME
「#dname#さんついに黒尾さんと付き合いましたか!!俺みちゃったから邪魔しちゃ悪いなと思ってたんですけどやっぱり気になって!!報告待ってます!」
(2024.02.25)
Awesome City Club『今夜だけ間違いじゃないことにしてあげる』の歌詞を拝借させていただきました。