進まない考察

 実験の結果が想像とかけ離れていたためスムーズに考察を書き込むことが出来ず、気がつけば既に日は落ちていた。過剰に入れてしまった暖房のせいでぼんやりとする頭を切り替えようと自販機へ向かう。いつもは水しか飲まないようにしているがこんなときはスッキリとした炭酸が飲みたいな、と思いながら歩いていると賑やかな男の声が聞こえた。

「あれ、月島くんじゃん」

「#dname#さん」

 冬だというのにTシャツ姿で立っていたのは一年下の後輩の月島くんだった。彼は私のゼミの教授のお気に入りらしく飲み会などにも時折顔をだしていた。それがきっかけで月島くんは研究室に訪れるようになり、教授が居ない時には私達とよく話をしていた。最近では暇さえあれば研究室でくつろぐ程である。

「月島くんと部活って今だにイコールにならないや、熱血とかイメージが無さすぎる。」

 いつも冷静な月島くんのことだからスポーツとか興味ないんだろうな、と勝手に思ってたものだからバレーで全国大会に出場していたと聞いた時には驚いたがやっぱり何度見ても月島くんのイメージは変わらない。
 まあ、惰性ってやつですよ。と笑いながら青色のボトルを飲み干す。

「#dname#さんは研究ですか?」

「そうなの、思ってた結果にならなくて論文が全然書けない」

 あはは、と笑うと卒業出来るんですか?と馬鹿にしたような笑みを浮かべる。うるさいなあ、とむくれるとまああの教授だしどうせ#dname#さんは院に進学するわけでもないし大学としても就職して欲しいだろうからなんとかして卒業させるでしょ、と言ってきた。月島くんは時々後輩なのに後輩らしくないことをいう(院に進学しないって言い切られたのは多少失礼では?と思うけど)。達観しているコメントが出てくるのでこちらのほうが年下なんじゃ無いかと思ってしまうことが時々ある。

「俺、多分進藤教授のゼミに入ることになりそうなんで、よかったら#dname#さんの研究見せてもらいたいです。」

「卒業できるかわからない私の研究より大学院目指してる中村君の見せてもらったほうがいいと思うけど、」

「できる人の参考にしても仕方ないじゃないですか、普通にやったらどこで躓くのか見ておきたいので#dname#さんの研究が見たいです」

「失礼すぎる、絶対見せない」

「え?良いんですか?ありがとうございます。着替えたら研究室おじゃましますね。」

 全然人の話聞かないじゃん、嘘くさい笑みを浮かべながらじゃあ、と言い残し月島くんはまた仲間たちのもとに戻っていった。くっそ。別にみられて困るものではないから全然いいけどさ!

 サークルの輪に入った月島くんの後ろ姿を眺めながら私も一年生の時に先輩に誘われてなんとなくサークルというものを体験してみたことを思い出す。高校と違う温度感、人としての位を試されるようなあのノリが合わなくて通うのをやめてしまった。うちのバレーボールは他のサークルと違って多少まじめとは聞いてはいるものの月島くんが大学のサークルとしてでもバレーボールを続けてるところをみると意外と情熱家なのかもしれない。シューズを履き替える後姿を見つめ、その場を後にした。

 炭酸を一口喉に流し込み、パソコンと再び向かい合っているとノックとともに月島くんが現れた。

「お疲れ様ですー…あれ、#dname#さん一人なんですね。」

 研究室内を見渡して月島くんはリュックをソファーに置いた。他のメンバは持ち帰りでも進められるところだけど今私はパソコンのスペック上ここで実験を進めなきゃいけないんだよね。と言うとそうなんですね、とさして気にもとめていないような声が返ってきた。

「それで、#dname#さんの研究ってどんなことしてるんですか?」

 そう言って私の真横からパソコンを覗きこむ。月島くんの顔が近い。控えめな制汗剤の香りの奥に汗の匂いを感じた。汗なんて冷や汗くらいしか書かない生活をおくっていたからやけに新鮮でその香りに意識が集中する。
 パソコンのデータを読み取るために月島君がデスクへ伸ばした手や肩はゴツゴツとしていて年下といえども立派な男の子なんだなと思ってしまったと同時に顔が熱くなったのを感じた。別にただパソコンを見てるだけなのに、意識してしまったことを悟られたくないように月島くんの質問に答えようを画面に意識を集中させる。ええと、と間延びした声を出すと月島くんがふふ、と笑った。

「#dname#さん、結構純情なんですね。」

「えっ、」

 そんなに分かりやすく態度に出てしまっただろうか、と自分の身振りを脳内で振り返っていると月島くんはすべてを見透かすかのようにいたずらな笑みを浮かべて更に顔を近づけてきた。#dname#さんって経験豊富そうに見えるんですけどそうでも無いんですね。と続けた。
 経験豊富ってどういう意味だよ。月島くんは私の事どんな風に見てたのよ、そう答えようとするも頭が上手くついていかない。私が動揺しているのをみて月島くんは面白がっている。

「研究内容、説明できないんですか?#dname#先輩、」

「…うるさ、」

 先輩、だなんて普段言わないくせに、と心の中で悪態をつきながら月島くんから目をそらす。一呼吸おいて研究内容を簡単に説明するとふうん、と月島くんがつまらなさそうにいった。

「訊いてきたくせにふうん、って何よ。興味ないのかよ。」

「あんまり興味なかったです。」

「あんたね、あんまり先輩を…」

からかうな、と言おうと思った瞬間、視界いっぱいの月島の顔が消えた。真っ暗になった。柔らかいものが私の唇をかすめた。え、なんだ、思考が追いつかない。

「僕、#dname#さんに会いたくて、来ただけなんで、」

 今の私の顔はきっと間抜けそのものだろう。私はこんなに動揺しているのに月島くんは余裕の表情で私を見つめる。
 #dname#さん、顔真っ赤。なんて言いながら笑う月島になにか言わなきゃ、と思いつつも的確な言葉は出てこない。

「僕、#dname#さんのこと好きなんですけど、#dname#さんさんは僕のことどう思ってますか?」

「うそ、」

 嘘じゃないですよ。と月島は言った。呆然とする私をよそに大体#dname#さんの研究なんて前にも聞いたでしょ。と続けいたずらな笑みを浮かべた。

「まあ、考えておいてくださいね。」

本気ですから。

 そう続けて月島くんは研究室を出て行ってしまった。一人残された広い空間で今起こった出来事を冷静に振り返る。論文どころじゃない、今は彼の行動の考察しか出来なさそうだ。熱い頬に手を当てて私はそう思った。


(2015.01.25 → 2024.02.23加筆修正)

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