01 絶望するのは簡単だった
「写真は子供でも撮れるでしょ」
私が最優秀賞を撮ったその日。優しい先輩だと思っていたあの人がそういって私を嘲笑った。その日から私は私の将来がわからなくなった。
「#dfam# #dname#、中高生フォトコンテスト最優秀賞受賞」
地元の新聞は私の受賞を掲載した。夏の東京で撮った人混みと強い太陽の光、ここまで人が密集し生きずらい環境の中笑顔を絶やさない人に強いあこがれを抱いて撮った一枚だった。
私が受賞した写真と並んで先日取材を受けた際に撮られた私の写真が並べられた。地元紙なのでサイズがなかなか大きい。私の顔写真なんてなくてもいいのに、と思いながら自分の発した言葉がどのように要約されたのか文字を追った。
あの時は確かに感じていた言葉が今となってはきれいごとの羅列のように聞こえる。私は今どうしたいのだろう、何が正しい?これはいったい誰。私は、どうあるべきなのだろうか。
ずっとどこにも行けずにその場に留まっているような感覚が染みついたまま私は写真部のない烏野高校に進学した。
最初のホームルームでは明日からの授業に必要な注意事項のほか、自己紹介が行われた。名前、出身高校、趣味といったお決まりの内容を倣いながら起立し話し、着席する。この少しの会話でも何となく人柄のイメージを与えることは出来るようで、隣の席の月島蛍(と書いてけいと読む)君は熱を持たないなんでもそつなくこなす人間です、といった態度が感じられた。
「#dfam# #dname#です。館中学出身です。…写真が趣味です。よろしくおねがいします。」
自己紹介に本音なんていらない。そう思いながら私と紐づけられた写真を趣味として口に出す。実際はもう前ほど撮ってもいない。父のおさがりで貰ったパソコンで昔は写真のレタッチばかり行っていたけど、今はひたすら動画を見ているだけの日々。とはいえ私より過去に写真をやってきた人はいないだろうと高を括って趣味です、と発言した。私よりも熱量がある人がいたら、きっと私は今写真が好きではないことを見抜いてしまうだろうから。
午後には部活動紹介があるらしく、人間関係がまだできていないクラスでは席移動もほぼなく少し静かな教室内で昼食を食べていた。ひとしきり食べ終わり購買で飲み物を買ったり、近くの人やもともと親交があったであろう人との雑談が始まり、教室内が少し賑やかになった中、前の席の女の子がくるりと振り返り話しかけてきた。
「ねえねえ、#dfam#さんってこの前写真コンテストで新聞載ってなかった?」
無邪気な笑顔で声をかけてきたのはユカリと名乗っていた気がする。そうだよ、となるべく失礼のない笑顔で答えるとやっぱりーと言いながら再度自己紹介をしてきた。彼女は村上由香里と名乗った。
「お父さんが新聞記者やってて、#dfam#さんの取材してたの、お前と同じ年なのにすごいなーなんて言ってきたから覚えちゃってたの!」
別に怒ってるわけじゃないよ、と慌てて付け加えながら説明をしてきた。彼女いう通り敵意は無さそうで私もつられて笑う。 ただその後に写真を見せられてすごくエネルギーを感じたけどなんとなくお父さんの前で褒めたくなかったから、直接会えてうれしい。由香里はそう続けた。 由香里の父と言われたあの時の記者の顔を思い起こすがぼんやりとした顔しか浮かばない。でも確かに嫌な印象は無かった。 由香里の人受けしやすい笑顔はあの人からの遺伝なんだろうと思いながら彼女に向けてたかが写真なのでそんなにすごいことではないが嬉しいと伝えた。
それから彼女とは初対面らしく当たり障りのない話をした。部活はよっぽどのことがなければ女子バレー部に入るらしい。「#dname#は?」幾つか会話のラリーを経ただけで距離を詰めることができる彼女がうらやましいなと思いながら私は苦笑いを浮かべた。部活はどこも入る気になれなかったから。
「そうだねー…烏野は写真部がないし、運動部の経験もないから入らないかも…」
「まあ部活だけがすべてじゃないもんね、でもそれだと午後結構暇だねー」
「そうなんだよね、まあでもどういう部活があるのかは純粋に気になるからそこそこ楽しめるとは思う」
マネージャーとかもありだと思うけど!と付け加えながら彼女はいつの間にか持ち込んでいた紙パックのジュースのストローを咥えた。
良ければ女子バレー部マネージャーになってほしい、バレーは見るだけでも楽しいと彼女は瞳を輝かせながらバレーの魅力について力説してきた。
もういっそ全然違うことに身を投げ出すのもありかもな、という考えが一瞬よぎったが結局私はここから動けそうもない。
心の底ではマネージャーをやるなんて一ミリも想像できない。何をするにもエネルギーが湧いてこない。すでにやりたいことが見えている由香里がうらやましい。
「そんなに急いで考えることでもないでしょ」
ふと隣から声が聞こえた。そつなくこなす月島蛍だった。
月島蛍と由香里は知り合いなのか「何よ、月島だってバレー部一択なんでしょ。」と言って一人だけ物分かりのいい発言をするなといった意味を込めた不機嫌な顔をしていた。私がその距離感に疑問を抱いていることを察したのか由香里が中学で同じバレー部だったと明かした。なるほど。
「入りたければいつでも入れるし、バレーだけがスポーツじゃないから気が向いたら考えるでもいいんじゃない。部活に絶対入るなんて考えそもそも古いし。#dfam#さん興味なくても断れないでしょ」
「いや、わかってるよ!そんなつもりじゃないし…ごめんね#dname#」
「そんな、全然、聞いてて面白かったよ、検討してみる。ありがとう。」
月島君もありがとう。そう言うと一瞬だけ目線があう。別に、と言いながらまた手元の本に目線を落としてしまった。そこからはなんでこの学校に入ったかとか、烏野は制服が可愛いので好きだとか当たり障りのない話をして昼休みを終えた。
午後の部活動案内では時折由香里があの人かっこいい、とか〇〇に似てるとかいうタイミングで集中するだけで基本的には意識を飛ばしていたのだが、先ほどの件もあってかバレー部は少し集中して見ることができた。
道宮と名乗った女子バレー部のキャプテンは想像以上に小柄ながらも愛嬌があり、良いキャプテンなんだろうなと安心した。たまに怖い人がいるイメージがあったがここでは由香里も楽しくやっていけそうだ。
対して男子バレー部、澤村と名乗った主将や横にならんでいた髪色が明るく涙黒子が印象的な先輩は道宮先輩と同じく優しそうではあったものの思っていたよりも人数が少なくて驚いた。ここに月島蛍が並んだら多分彼が一番大きいのではないだろうか。バレーが長身有利なスポーツであるといったことは知っていたのでそんなバレー部の中でも頭一つ抜けて長身の月島蛍のスペックに改めて驚いた。ほんとに何でもできる君なんだろうな…。
ふと斜め前で体育すわりをしている月島蛍を見つめる。隣には山口君がいて何かを話していた。先ほどの由香里の話だと山口さんもバレー部志望なのだろう。口を動かしながらも二人の視線は澤村さんをまっすぐに捉えていた。その視線には静かに熱量があって、もしかしてバレーはちゃんと好きなのかなと思った。
そうだといいな。好きなものがないのは苦しいから。そう思った一方でやっぱり皆何かしら好きなものがあってやりたいことがあるんだな。と分かってしまった。ただのないものねだりだと分かっているけど少し寂しい。
「じゃあ、#dname#、また明日ね~!」
「うん、部活頑張ってね、また明日ー」
希望者は今日から体験入部や見学ができるらしく、由香里は女子バレー部に行くと言って去っていった。由香里を見送った後私も帰宅準備をしていたところ月島蛍から急に声をかけられた。
「…村上は良かれと思ってなんでも言っちゃうタイプだから本当に深く受け止めなくていいと思うよ。」
思いがけない一言でびっくりしたが、どうやら月島蛍は昼休みのことについてフォローをしてくれていたらしい。
「全然、ほんとに気にしてないから大丈夫だよ、ありがとう。」
「でもあの後からずっと眉間に皺寄ってるように見えるけど?」
「え、嘘、ほんと?ごめん…」
全く関係ないわけでもないけど、別にバレー部に入ろうか迷っていたわけじゃないです。なんて言えるわけもなくとりあえず謝ってみたが、月島蛍は訝しげに私をみつめた。 じっと見つめられると急に緊張してきたのでどういう表情を浮かべるべきか分からなくなってきた。多分いま私は変な顔をしている。その顔をみて月島蛍は笑った。
「#dfam#さんってそんな顔するんだね」
「月島くんが皺寄ってるとか言うからどういう顔すればいいか分からなくなった…」
「はは、それはごめん。」
絶対悪いと思ってなさそうな謝罪ささやかな怒りの表情を浮かべたものの、意に介さずといった表情で月島蛍は帰宅準備を進め始めた。 私もそれに倣うように持ち帰りが必要な荷物を鞄に詰め込む。初日なので書類がめちゃくちゃ多い。
「まあ、何を悩んでいるかは僕には分からないけど、まだ15歳なんだしもう少し自由に考えればいいと思うよ」
じゃあ、と続けて月島蛍は去っていった。何それ、ずるい。良いこと言って去ってかないでよ。的確に言いたい言葉が見つからず、じゃあね、と言って彼を見送った。
月島蛍の言葉が頭の中で繰り返される。初対面の人間にそんなこと言われるとは思ってなかった。よっぽど悩んでるのが顔に出てたのだろうか。明日からは気を付けよう。
眉間に人差し指を当てながら一人反省会をしつつ私も教室を後にした。
同じ中学から烏野に来た生徒はあまり多くなく、1年4組でも数人いたが帰路を共にするほどの仲ではなかった。中学時代から親交があった仁花が隣のクラスに居るため、もし一人で帰りそうな雰囲気だったら一緒に帰ろうと思いクラスをのぞいてみる。
案の定仁花は帰宅準備をしており、私が声をかけると快く快諾してくれた。
中学よりも遠い距離を二人で歩きながら今日一日であった出来事を話し合った。
「うわ~~ねえ、初日どうだった、#dname#ちゃん?私自己紹介思いっきり失敗しちゃったよ…嫌だもう、死にたい…」
開口一番笑顔からの死にそうな表情を見せた仁花。どうせまた言いたいことすっ飛ばしたとか声が小さかったとかでしょ、中学初日の自己紹介なんてもう誰も覚えてないから気にしなくていいよ、といって励ましてみたがこういったモードの仁花に届いているかはいつも謎である。
「知り合い居なくてどうしようとは思ったけどとりあえず前の人とは仲良くなれた、いい人で良かった。」
横の席のクラスメイトには何もかも見透かされたようなことを言われて初日からちょっと心の整理が追い付かないことは仁花には言わないことにした。
「#dname#ちゃんは有名だし美人だからすぐ友達出来るよ!大丈夫!でも私はただの小市民だからこの先不安だ…どうしよう…」
「仁花は私を買いかぶりすぎ。仁花のデザインもすごくきれいですごいよ。うらやましい。」
「いやっそんなことないよ!!!#dname#ちゃんに褒められるなんて恐縮すぎる…」
どれだけ仲良くなったつもりでも仁花はこうして謙遜と自己嫌悪にすぐ陥る。何度大丈夫だと言っても治らないのでどこかで自信がつくような出来事でもあればいいのに、と思いながら彼女の懺悔を聞いては笑った。とは言え私もここのところずっと気持ちが晴れていない状態なので他人事ではない。明日からきちんとしなければ、いつまでも止まってはいられない。
せめて隣の席の月島蛍に心配されない程度には元気にならなければ。元気ってなんだ、と考え始めたところでまた眉間にしわが寄っていることに気づいた。
(2024.02.23)