14 小さな掛け違い
菅原さんからの熱を受けた私はその晩落ち着いて眠ることができず、早めに起きた私は食道へと向かった。
外はまだ薄暗い。予定通り炊けていたご飯をかき混ぜ、硬さを確かめる。半日浸水させていたため硬さが不安だったが今回も大丈夫そうだ。一安心しながら鮭を焼き始める。今日は梅干しと鮭、おかかと昆布のおにぎりを適当に作って選んでもらいつつ、おかずにはベーコンエッグとサラダ、みそ汁を予定している。鮭は一度に焼ける量が限られているので早めに着手することにした。パチパチと皮が焼ける音がする。辺りに良い匂いが立ち込めはじめた。それと同時に昨日みそ汁用に水に浸しておいた昆布を火にかける。目玉焼きはみんなが起床してきてからでも間に合うだろう。 そうこうしているうちに外の光が食堂にも入ってきた頃、廊下から賑やかな声が聞こえてきた。ずいぶん早い起床だなあとその声に耳を傾けているとガラガラと食堂の戸を引く音が響いた。思わず方が跳ねる。
「うお、良い匂いー!!」
「#dfam#さん、もうメシ食っても良いっスか?」
現れたのは日向くんと影山くんだった、寝起きとは思えない息の荒さと汗を観てまさかもう朝練後?などと思っていたら、私の呆け顔を見た影山くんが何か察したらしく、「走り込みしてたんで腹減っちまったっス」と口にした。
いや、今明るくなったところだよ?いつから走ってたの?なんて思いながら好きな具を聞くと梅干しとおかかと返ってきたのでその2つを優先して握って渡した。出来たてのおにぎりは我ながら美味しそうだった。「残りはみんながそろってからではないと不平等だからこれだけね」と付け加えるとキラキラしたものを見るように二人が私にお礼を言ってきた。おにぎりを頬張るとウメェ、と小さく声を漏らしながら中の具を見つめる。昨晩作っておいた麦茶も1瓶だすとあれよあれよと言う間になくなった。追加でもう一瓶作っておこう。
「てか私、1年生なんだから敬語いらないよ」
「#dfam#さん大人っぽいからつい使っちゃうんだよなー。なあ、影山」
「タメなのは分かってるけどなんか落ち着かねえ」
そう言いながら影山くんはじっと私の方を見つめてきた。いかにも平然を装いながらみそ汁の具を切り刻んでいるが、影山くんは眼力があるので思わずたじろぐ。
「それに、#dfam#さんに馴れ馴れしくするとアイツになんか言われそう」
影山くんの発言の意図を測りかねるような顔をしていると、日向くんも一瞬きょとん、とした後、「あー、確かに月島すっげえ不機嫌になりそう、アイツ、ああ見えて顔に感情すぐ出るからな!」と言って再びおにぎりを口に放った。私はその言葉に唖然とする。
「月島くんが不機嫌になるわけないでしょ、」
「だって最初に#dfam#さんが部活に来た日、スガさんと話してたときの月島の顔すっげー怖かったぞ」
「え、」
最初に月島くんに誘われて体育館に行った日のことを思い起こすも心当たりがない。なにそれ、知らない。だってその後も普通に一緒に帰ったし、普通に雑談してたし。
「そういやその後月島、スガさんとなんか話してたからてっきり何かあったんだと思ってた。」
「え、私それ知らない……」
「まあ、気になるなら月島に聞いてみたら?じゃあ!」
ごちそうさま、と言って日向くんは最後の一口を食べ終わると着替えてくると言って部屋に戻っていった。影山くんも後を追うように去っていく。
さすがに日向くんたちの思い違いじゃないかな、と思いつつも確かに月島くんはどうして?となるタイミングで何度か菅原さんの名前を出してきた。単純に私が部活の先輩とよく分からない接点があって仲良くしてたら違和感があるとか、そういうことだと思っていた。だから日向くんとか影山くんと話す分には問題なさそうだけどな。
思案しながらおにぎりの製作を進めているとまた足音が聞こえてきた。
「信じられない、あいつら食うだけ食って手伝ってないの。」
月島くんは食堂を見渡し、ついさっきまで日向くんと影山くんがおにぎりを食べていたお皿とグラスを一瞥してそう言い放った。まさかこんなに朝早くからみんなと顔を合わせることになると思っていなかったので自分の身だしなみの緩さを反省した。月島くんはこんな早朝にも関わらずすっきりとした顔をしている。月島くんも朝ごはんかな?と思いおにぎりに視線をやると「違うよ」と制してきた。
「#dfam#さんは臨時マネでしょ、手伝うよ。」
「臨時と言えどマネはマネです。月島君も走ってきたら?」
「体力バケモノのアイツらと一緒にしないでよ……いいから、ほら。」
そう言って回収しようとしたお皿を横から奪い取られた。どうやら洗い物を担当してくれるらしい。
「さすがに料理に手を出したら先輩たちがうるさそうだしね。」
「月島くんの料理のほうが上手そうだけどね、几帳面っぽいし。」
「なにそれ、褒めてる?」
「褒めてる褒めてる。」
洗い物をする月島くんの横で着々とおにぎりの製作を進める。朝に二人で台所に立つそれはさながら夫婦みたいだな、と思う。月島くんの顔をちらりとのぞき込むと一切表情が読めない、無そのもので腕だけはきびきびと動いていた。頭の中で先程の日向くんの言葉がよぎる。
「ねえ、月島くん」
「何?」
「最初に部活見学に行った日、菅原さんと何かあった?」
そう言った瞬間、空気が止まったのが分かった。正確には月島くんの指が止まった。
恐る恐る顔を覗き見ると彼は食器を見つめた視線は崩さないまま「なんで?」と尋ねてきた。質問を質問で返されるときは十中八九何かある。
「いや、さっき日向くんたちからチラッと聞いたから気になっただけで……」
「なんで菅原さんのことそんなに気になるの?」
どちらかといえば話題の発端は月島くんだったので、月島くんのことが気になったんだけどと思いつつ、質問に対する回答を考えようとすると昨日の夜の出来事が思い起こされた。顔に出さないように努めたものの、顔が熱くなるのが自分でもわかった。
「菅原さんになにか言われたの?」
「別に…何も…」
射るような視線。私は逃げるように並べたおにぎりに視線を向ける。
「菅原さんが#dfam#さんのことやたら気にかけてたみたいだから変に構わないでくださいって言っただけだよ。……最も、#dfam#さんにとってはお節介だったみたいだけど。」
「なに、それ。そんなこと思ってない。」
月島くんと視線が合わない。
「就職に直結するわけでもない趣味だけ頑張っても非効率だしね、3年生なんかすぐ卒業しちゃうんだから気になるなら早くそう言いなよ。」
私の手は全く動かないのに、月島くんの手はするすると動いていた。洗い物を終えた手が私の眼の前におにぎりを掠め取り、そのまま月島くんは去っていった。数日前の優しさが嘘みたいに冷たかった。
月島くんを追いかけたかったけど、追いかけて何になる?
月島くんに対して弁解する義務なんて無いし、そんなこと僕に言ってどうするの?って言われるのが関の山だ。私には写真がある、今は頑張らなきゃいけない、今日はマネージャーとして責務を全うするだけ。ここで泣いたらだめだ。そう思えば思うほど視界が滲む。思い切り泣ければ良かったが、時間の猶予はない。私は月島くんとの記憶に蓋をして、楽しいことだけを考えることに努めた。良くも悪くも今日が最終日。精一杯頑張ろう。
(2025.03.24)