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13 静かな夜に

 選手たちのカレーを配膳した後、私達も自分の分を盛り付けて席に座る。清水さんの横に座ると前には菅原さん、キャプテンの澤村さん、東峰さん。 三年生に囲まれたことに緊張しつつも箸を進める。みんなの反応はどうだろうか、と様子をうかがうと、私の視線に気づいた菅原さんが「めっちゃ美味いよ、#dfam#ちゃん、天才!」と褒めてくれた。それをみた澤村さん、東峰さんも続けて美味しいと言ってくれる。お世辞でも嬉しいと思いながらお礼を言うと、鵜飼監督まで「こんな人数の料理作るの経験なんかないし大変だっただろ」と労を労ってくれた。
 それを聞いた月島くんが離れた席から「わざわざ練習したんだもんね」と揶揄うように言っていたのが席が離れたここでも聞こえてきた。不意に私の予行演習がばらされてしまったので思わず遠くの席から突っ込む。
 明日の朝ごはんも期待に添えるように頑張ろう。

 今日は合宿所に泊まりのため、夕食の食器洗いを行いながら明日の朝食の下ごしらえをする。多めに炊いたものの少しだけ残った米をおにぎりにした後、空になった炊飯器を洗い上げ、に再び米を流し込む。毎日こんなに大量の食事を準備する職業の方々に尊敬の念を抱きつつ拭き上げた食器を元の棚に戻した。

「おーおつかれ!なんか手伝えることある?」

 振り返れば菅原さんがそこに居た。風呂上りなのだろうか頬が少し赤い。キッチンの清掃に集中していて全く気付かなかった。

「もう大体終わったので大丈夫ですよ」

「うお、マジか。ごめんなー俺がお願いしたのに何も手伝えなくて」

「そもそもそういうお願いだから気にしないでください、菅原さんは練習に集中です。」

 ありがとう、と優しく目を細めて笑う菅原さんにドキリとする。シャンプーの匂いがふわりと鼻を横切った。

「じゃあ、#dfam#ちゃんこの後ヒマ?」

 臨時マネとしての仕事はちょうど片付いたところだったので暇です、と答えると菅原さんの顔が明るくなった。
 菅原さんに導かれるまま、昼間の騒がしさからは想像もつかないくらい静かで冷たくなったなった体育館に足を踏み入れる。普段は日光を室内に取り入れる役割を果たす窓硝子からはわずかな月明かりが差し込み、広い空間を薄青く染めていた。

「ここ夜になると静かだべ? なんか落ち着くんだよなー。」

 そう言いながら体育館を縦断し、ステージに腰掛けた。倣うように私も隣に座る。菅原さんに言われた通り見渡すと人の気配が一切ないながらも神秘的な明かりで満たされていた。菅原さんがこの場所を好きだと言っている気持ちも理解できた。
 菅原さんはどこで調達したのか、缶のココアを私に差し出す。まだ温かい。5月といえど東北は夜はまだ肌寒くて指先から伝わる暖かさが心地よい。

「今日は#dfam#ちゃんにお礼が言いたくって。」

「え、マネのことですか?それは別に気にしなくていいですよ。」

「それももちろんありがたいんだけど、今日は別のことなんだ。」

「俺、影山がセッターになったとき、正直仕方ないなって思っちゃってたんだよなー。だってあいつ有名人だろ。でも、その一方でそうやってあっさりと諦めた自分が情けなくて仕方なかった。けど、あの日#dfam#ちゃんに出会って話を聞いてから、俺だって負けてらんねー!!って思うようになれた。独りよがりかもしれないけど、俺は#dfam#ちゃんに救われてるんだ。」

 いつものふざけた菅原さんと少し違う表情と言動にどうリアクションしてよいか悩む。菅原さんがあのときの私の話をそんなふうに抱えていてくれたという事実に嬉しさ反面、恥ずかしさ反面という状態になっていた。それと同時にそんな菅原さんの言葉に少しだけ胸を締めつけられるような気持ちを抱いた。

「…んま、そういうことよ。ありがとな、こうして話を聞いてくれて」

菅原さんは、ヒロインの隣でゆっくりと目を閉じ、静かな時間を味わうように深呼吸をした。

「この時間、ちょっとだけでも俺が#dfam#ちゃんに感謝してること、覚えていてくれたら嬉しい。俺、頑張るから。」

 表面上の言葉以上の熱が伝わってきた。菅原さんが伝えたい気持ちを感じ取って、私はそっとうなずいた。
 しばらく私たちは何か会話を交わすこともなくただ時折飲み物に口を点けながら体育館を見つめた。昼間の練習中の光景が時折蘇る。

 普段は無気力が売りみたいになっている月島くんもいつもよりは本気になって動いていたのが新鮮だった。練習試合ではスピードが速すぎてブロックアウトなのか判断がつかなかったが清水先輩は適切なスコアを点けていて感心した。特に日向くんの動きは何が起こっているのか全く理解できない。目を閉じているらしいが私の動体視力ではそれすらも理解できなかった。明日は少し追い付けるといいな。そして菅原さんはいつでも笑顔でチームを盛り上げていた。さすが三年生といったところだろうか。

「#dfam#ちゃん、月島や山口と仲いいんだろ?」

「まあ、はい、月島くんと女子バレー部の由香里と席が近かったので、山口くんとも仲良くなりました。」

「そーなんだ、月島ってクラスでもあんな感じか?」

「最初私も怖かったんですが、意外と普通にクラスに溶け込んでますよ。この前も体育の授業中、バスケで軽口言い合ってましたもん。しかも、その後私がゴール入れたせいでよそ見して突き指したって言われたんですよ、ひどくないですか?」

「へえ、月島らしくねーな」

 意外だと言って笑う菅原さんだったが、声がいつもよりも明るくないような気がした。

「#dfam#ちゃんが臨時マネージャーやってくれたのって、月島も居るから?」

 予想していなかった問いかけに私は一瞬硬直する。やましいことはないのに、反射的に違うという言い訳を探してしまっている自分に気づいて自分自身に嫌悪感を抱いた。

「確かに、月島くんにも感謝していることはあるので、少しでも役に立てたらなって思いはありましたよ。」

 友人ですから、と付け加えようとして堪える。嘘ではないが、嘘になりそうな言葉になる気がしたから使えなかった。

「そっかあー…、妬けるな」

菅原さんはそう言いながら檀上から降りると、私と向かい合うように立った。身長差が縮まりいつもより顔が近くなる。

「俺、#dfam#ちゃんのことが好きだ。マネージャーに誘ったのは#dfam#ちゃんと少しでも居たいって下心も少しあった、ごめん。」

「え」

「今#dfam#ちゃんに返事貰おうだなんて考えてないから、落ち着いたときに考えてくれると嬉しい。」

 そういって菅原さんは両手でゆっくり私の手を取って胸の高さまで上げた。いつもの優しい笑みが私を包み込む。

「でも、明日からも俺うざいくらい#dfam#ちゃんに絡んじゃうと思うからそこだけは勘弁してな」

 な?と首をかしげる菅原さんにこくりと頷く。繋がれた手がやけに熱い。固まっている私を見て菅原さんが笑いをこぼす。「俺のほうが今緊張してるのに、#dfam#ちゃんにそんなに固まられたら笑っちゃったべや」と言って両手を優しく引いた。促されるように私も檀上から降りる。

「じゃあ、また明日な」

そういって菅原さんと分かれたけど、私は当分眠りにつくことは出来なさそうだった。


(2024.11.11)

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