ダ・カーポ

 ただでさえ人肌が恋しくなるアラサーの冬、コロナ渦のせいで少し遅れた結婚報告ラッシュと昇格に伴う仕事のプレッシャーが重なり息苦しい毎日を送っていた。友人(なんなら後輩も)の結婚は喜ばしいことだが、また一人同士が減ったと焦燥感が募る。
 そんな中、何も生まれない会社の忘年会1次会が終わったタイミングで「飲みに来ない?」と連絡が来れば、行く以外の選択肢はなかった。滑稽でも良い。誰かと一緒に居たかったのだ。

「よ、」

 懐かしい駅と歩き慣れた裏道。店に入れば懐かしい顔がカウンターに座っていた。

「久しぶり。」

「ちょっと見ないうちに老けたな、お前。」

「仕事が忙しくてろくに手入れなんてできませんよー。鉄朗だって老けたでしょ。」

 久々に会った元カノへの第一声が嫌味かよ、と内心悪態をつきながら鉄朗の横に座る。すかさず鉄朗が店員にビールを注文する。”好きなもん変わってねえよな?”という目配せに居心地の良さと腹立たしさが混ざった複雑な感情を抱いた。そうですよ、私は相変わらずビール党ですよ。

「鉄朗も仕事忙しいんじゃないの?噂はかねがね聞いてるよ。」

 昨今の男子日本バレーの強さに比例してバレー関連のイベントが多くなり、黒尾は日本各地を駆け回ってるらしい。今じゃプロバレーボール選手や有名配信者となった彼らのグループチャットになぜか私も入っておりその近況は時々目にしていた。

 幾つかのおつまみをビールで流し込みながら互いの近況を報告する。とはいえもっぱら仕事の話。タブーにしているわけじゃないがこうして時々二人で会っても互いの恋愛に関する話は出てこない。若いころならそれとなく聞いたかもしれないけど今もし鉄朗から結婚間近の恋人が居ると聞かされたらいよいよ孤独になってしまいそうで怖くて触れることができなかった。

「で、どうするよ。」

「リエーフの結婚式でしょ。まさかあいつにまで先越されるとはね…。」

「まあまあ、#dname#チャンはまだまだ選び放題なんじゃないんですか。」

 私のそばから居なくなったくせによく言うよ、と言いそうになったがぐっとこらえた。私達はもう十分大人だ。昔を懐かしむ青さはもう持ち合わせていない。

「やっぱりお祝いの品、お前に選んでもらうのが一番良いんじゃないかって話になってな」

「まあ夫婦共々仲良くやらせて頂いてますからね。好みはなんとなく分かるよ。」

「ってことで、どこかでお祝いの飲み会やろうと思ってるから、一緒にプレゼント選んでくれない?#dname#チャン?」

「どうせそういう話だろうと思ってたよ、いいよ。」

 そういえば待ってましたとばかりに頭数と予算の話を始めた。バレー部メンバで出し合うことにして設定した予算で思い当たる品をいくつか考える。友人とは言えモデルになった有名人には上品なものが良いだろうからあそこの食器とか、ああでも食器にこだわりがありそうだから嵩張らないあそこのブランドのものとかお揃いでも良いかも。なんて言っていると聞いているのかわからないような声で鉄朗が相槌を打った。

「ちょっと、ねえ聞いてる?」

「聞いてる聞いてる。けど俺飲んでるから明日もう一回言って。」

「もう、なんでこういう話になるって分かってて飲んでんのよ、馬鹿。」

「…マジで今週ずっと移動しっぱなしで疲れてたんだよ。#dname#チャン見たら気ゆるんじゃった。」

いつものいたずらの域を超えてくるような鉄朗のセリフに一瞬どきりとしながらもよっぽど疲れているんだなと思い真に受けないことにした。

「そういうの20代前半で終わらせなよ。痛いおじさんになるからね。」

「そういうのって何よ」

「元カノに気を許すみたいな態度とか、いつまでも#dname#ちゃんって呼んでくるところとか」

 普段は馬鹿でかいくせにお酒が入るとそうやって上目遣いで甘えた顔してくるところとか。というのをカウンターで口に出すのは憚られたので言わなかったが、鉄朗はそんな文句を連ねるわたしをじっと見つめたかと思えば急に上半身を起こした。

「そうだなー…俺ももうすぐ30歳になるもんな」

 てっきり反論するかふざけるかだと思ってたので想定外のリアクションに拍子抜けする。昔みたいに何もかも知っているわけじゃないので、こういうリアクションをされたときにどうしていいのか分からなくなった私はぬるくなったビールを喉に流し込み、トイレへと席を立った。
 トイレの鏡で一通り顔がおかしくないことを確認し席に戻ると鉄朗が財布を仕舞っているところだった。

「え、嘘、会計した?」

「うん、もういい時間だしと思って済ませちゃった」

「幾らだった?」

「んー…今日はほぼお願いになっちゃったし大丈夫、それよりちょっとだけこの後付き合ってよ」

「付き合ってもいいけど払うよ、別に大したお願いでもないし。」

「いいから外出るよ」と言って鉄朗は私の話を聞き流しながら外に出るように促した。さっきまでぐでぐでだったのに急に素面です。みたいな顔をしてくる鉄朗にどうしていいかわからず、まあ明日また言えばいいやとコートを着込み外に出た。

 "付き合ってよ"が何を指すかはわからないが、鉄朗はそのままおもむろに駅とは違う道に足を運び始めた。今日は金曜日だしまだ終電までに余裕があるため、まあ鉄朗に付き合ってみようと私も足を並べた。
 鉄朗はこれと言って目的をいうわけでもなく、ただ昔話をぽつりぽつりと呟いていた。

「…それでさ、結局バレーボール協会に就職して、お前も希望してたところに就職してお互いこれから社会人として頑張ろうねってなって、お互い頑張りすぎたんだよな」

 今となっては大したことないプロジェクトでも新人でやるには荷が重く、大学までの比じゃないプレッシャーに押しつぶされる日々。いわれてみて確かにお互い余裕がなかったことを思い出した。憧れの会社とはいえやりたいことだけができるわけではない。実際は業務の半分以上が調整で、人間関係もわからないまま走り回り時に怒られ計画を練り直す日々だった。
 一方で鉄朗は忙しいながらも仕事が楽しいと言っていたのがやけに嫌だったのを覚えている。私は結局思い描いていた仕事ではなかったと転職してしまったから仕事が好きだと言える鉄朗に負い目を感じていたのかもしれない。

「#dname#が苦しいのは知ってたし、俺は大丈夫だよって見せようとしてたけどそれも結局空回りで、それで結局ダメになっちゃって、俺もあの時それなりにつらくていつか#dname#に八つ当たりしちゃうんじゃないかって思ってあの時終わりにしたけど、」

「なにそれ、」

「知ってほしくて言ったわけじゃないけど、まあ盛大にから回ってたわけよ、若かりし頃の俺は。」

 知らなかったでしょ、と自嘲気味に鉄朗が笑う。

「…それで、別にリエーフが結婚したからとかじゃないけど、…嘘、ちょっとはあるかも知れないけど、あのころより俺精神的にも経済的にも余裕ができたワケですよ。」

 ”だから、もし#dname#も今恋人が居なくて、少しでも俺のことアリだと思ってるなら、もう一回考えてみない?”

 急な展開に酔いが回った脳が追い付かず、鉄朗の言葉を脳内で反復させる。なんのリアクションも示さない私に不安になったのか鉄朗が私の顔を覗き込む。

「ちょっとまって、聞こえてる。大丈夫、ただ脳の処理が追い付いてない」

「はは、急な話だし大丈夫。」

 え、待って、でも今彼氏居ないよね?それだけは確認とっておきたいんですけど。と急に焦ったような声色で私に問いかける鉄朗に全然いないから大丈夫、と伝えると「良かった」と安堵の声が返ってきた。

「全然そういう話しないから、もう結婚間近だけど俺に言いづらいとかで知らされてなかったらどうしようかと思った。」

 先ほどまで私が考えていたことと全く同じことを考えてたという鉄朗に奇遇だねというべきか迷い、半笑いを浮かべていたらいつの間にか目の前には駅。少し遠回りしての帰路だったらしい。

「…できればいい返事を期待してるから。」

 別に酔っぱらっていったわけじゃないから、そう付け加えて鉄朗は私に優しいまなざしを落とす。 そんな話になると思っていなかったものの鉄朗が軽口を叩いている訳じゃないのは今の私でも理解できた。

「ちゃんと素面で考えるから、ちょっとだけ時間を頂戴」

「おう」

 電車が来たタイミングでぽん、と鉄朗の手が私の頭に乗った。こういうことをされること自体が久しぶりすぎて顔が熱くなるのを感じた。

「じゃあな、気を付けて」

「…じゃあ、また」

 また、という言葉に鉄朗が薄く笑みを浮かべたような気がした。そのまま電車のドアは閉まり鉄朗から私は遠ざかる。

 昔なんで別れたかなんてしばらく思い出したこともなかった。本当に突然のことだったから、私もそれ以上傷つきたくて深く考えずに承諾した。 落ち着いて考えたら嫌な想像ばかりしてしまうから思い出したくなかったというのが正しいのかもしれない。 だから鉄朗とは友人として会っていても一切そういうことを考えないようにしていた。でも今日の話を聞いて思っていた以上に私は大切にされていたのだと実感をした。

 改めて二人で過ごした日々、友人として過ごした日々を思い返す。ふざけたことは言うものの、いつも鉄朗は優しかった。今でも忙しいだろうにいつも私を気遣ってくれた。

 告白を承諾することは簡単だ。だけど、鉄朗に見合うよう強い女にならなきゃ、二度も彼に負担をかけるような結末にしてはいけない。

 はやる気持ちを落ち着かせるように一人電車の中で深呼吸をした。


(2024.02.23)

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