03 ひかりのすがた
会社がスポンサーになっているスポーツクラブの観戦者募集が時折ポータルサイトに掲示される。毎年速攻で希望者が締め切られるそのイベントは今年も例外ではなかったようで、会議を終えた後に再び確認すると既に募集終了となっていた。仙台フロッグスは現在V2からV1に上がる勢いらしい。この年代は特に層が厚い、と毎回イベントに申し込みファンクラブにも入っている同期がそう言っていた。オリンピックに出てた牛島選手や影山選手はここ仙台の出身らしく、それも相まってか仙台ではバレー人気が昔よりも高まっているのだとも言っていた。
そんな同僚が運良く手に入れた二人分の観戦チケット。いつも一緒に観戦する同期が休日出勤になり行けなくなったから代わりに来ない?と誘われたのが昨日。仙台フロッグスvsたまでんエレファンツ、1日目の試合だった。
会場に着くと黄色と黄緑のユニフォームが視界に明るい。この色合いはどこかで見た配色だと思いながら記憶を辿るも既視感の正体は掴めなかった。キッチンワゴンに並びビールとナチョスを頼む。会社専用の受付を済ませて座席につくと周りは何となく顔を見かけたことがある人たちだった。休日に会社の人に会うのはちょっと嫌だなと思いつつも浮かれて買ってしまったビールは隠しようがないため開き直ってぐびぐびと飲む。
そんな中私たちの席に仙台フロッグスのタオルとSendai Flogsと書かれた厚めの紙が配られた。どうやらこれを折りたたんでハリセンにするらしい。タオルは弊社向けのプレゼントのようだった。ハリセンの裏面には選手紹介が掲載されていてこれは私のような初心者にもやさしいアイディアだなを思いながら選手紹介に目を通すと見覚えのある顔がそこにあった。その瞬間に既視感の原因が分かった。
17番 MB 月島 蛍
宮城県出身。常に冷静で安定感のあるプレーが魅力的。頭脳派ブロックで相手のコースを絞り込む。
一言:最近の悩みは甘いものを大量に食べると胃もたれするようになってきたこと。
実際に会った時よりも幾ばくか恥じらいのある決め顔をした顔。モノクロ写真だったが間違いなく同じバスの月島蛍さんだった。
え、会社員じゃなかったの?というかそんなに忙しくないみたいなこと言ってたのに、貴方プロバレーボール選手だったんですか?
え、プロバレーボール選手ってあんな気軽に連絡先交換していいの?バレー振興県宮城でそんな一般人みたいな振る舞いして大丈夫なんですか?
頭の中で仮想月島蛍に対して質問攻めにする。知ってみるとものすごく有名人ではあるが、仮にもスポンサー企業の社員である私が知らなかったのだから、意外と世の中そういうものなのかもしれない。社員としてそれはそもそもどうなのかという問題には目を伏せた。
そうしている間に両チームのウォーミングアップが始まった。緑色のユニフォームから17番の文字を追う。アタックを打つ姿を見て確信する。いつもと眼鏡がちょっと違うけどやっぱりあれは蛍さんだ。普段バスの中で見かける時は頭一つ大きいので見間違えることなんてないけれど、コート内だと平均身長のように錯覚してしまう。
「ねえ、あの17番ってどんな人?」
そう同僚に尋ねると#dname#は面食いだねえ、とほくそ笑む。
「月島選手ね、愛称はツッキーだけどあんまり呼ばれるの好きじゃないみたいだから声援以外では月島さんって呼ぶようにしてる。影山選手のもとチームメイトだよ。高校が一緒。烏野高校。日本じゃあまりまだ広まってないけど海外で有名なビーチバレーボールの日向選手もチームメイトでマジですごい。黄金世代よ。」
はあ、なにそれ、すごいじゃん。そんなこと一瞬たりとも匂わせなかったくせに、と思ったが慌てて携帯を確認する、月島蛍のLIMEアイコンを拡大してみる。よくよく見るとアイコンの月島さんのが着ているジャージの下にはユニフォームの裾が映っていたことに今更気づいた。本当に無知すぎて自分が恥ずかしい。
「それでは、本日のスターティングメンバーを発表します!」
次々に選手の名前が呼ばれる中、蛍さんも名を連ねた。会場の声援は女性の声が多い。
こちら側を向いて一列に並ぶ選手たち。見えているわけがないのに蛍さんと一瞬目があった気がしてどきり、とする。
あっという間に試合が始まる。試合のペースが早すぎて今のがどちらの得点かなんてわからないが、周りの声援を皆がらこれはインだったのか、アウトか、などと学習しながら見ていた。どこに飛ぶかわからないアタックだが、時々月島さんがブロックする。たまに一人で止めてると私も盛り上がる。蛍さんが止められなくともリベロの人が丁度球の落下地点に居る。これが頭脳派たるプレーなのか?よくわからないがそう思うことにした。
時々同期が解説してくれることをまとめるとセッターが誰に上げるか、から駆け引きは始まるが、セッターが球を上げるまでのコートの状態を把握して誰に上る確率が高いか、とかこの選手のバネに合わせたジャンプをするだとか、フォームでコースを判断する、などブロック一つでも様々な駆け引きがあることを教えてくれた。私は球を追うのが精一杯なのにそれの何十倍もの情報量を捌いてることに驚く。これでV2なのか。
数セット見ていると7番のセッターがMBかと思うほど長身のため、必然的にボールに触れるのが早い、蛍さんと同じくらいの高さから放たれるトスはスタート地点が高いから他の人のトスに比べて一瞬だけアタックが早くなるように感じた。
蛍さんがアタックを打つ、かと思いきや膝を少し曲げてバネのように飛び上がってアタックを打つ、球はそのまま相手コートの中に落ちた。
「うわ~~今の一人時間差だ、すご!」
同期がはしゃぐ。そんなにすごいことなのか、と思い月島さんを見つめると相手コートにほくそえんでいた。してやったり。といった表情だった。
蛍さんは冷静沈着、余裕綽々といった印象が強かったけどコートの中にいる蛍さんは時々少年のような顔をしたり熱を持った表情をする。たまに見せる意外な表情と冷静沈着なプレーを私はずっと目で追っていた。
そうこうしている間に試合は終わり、3-1で仙台フロッグスの勝利だった。試合が進むにつれてハリセンを強く握ってしまっていたらしく手が痛い。コードの横に並び一礼する選手たちに精一杯の拍手を送った。
「それでは、本日のMVP賞は~~???月島蛍!!!」
湧き上がる歓声、コートの隅でストレッチをしていた蛍さんがけだるそうに立ち上がる。
「本日はブロックだけでなくアタッカーとしても一人時間差など多彩な技を織り込んでコートを魅了しましたね。いつもに増して頭脳派プレーが光ったように見えますがいかがですか?」
「今日初めて見に来た方もいらっしゃるかと思います、そういった方たちがバレーには多彩な駆け引きやプレースタイルがあるということが少しでも僕たちのプレーでお伝え出来たのであれば嬉しいです。本日はありがとうございました。もしよければ引き続き応援のほどよろしくお願いします。」
MCとは対照的な温度感で淡々と感想を語る月島選手に思わず笑みがこぼれた。
そんなこともお構いなしに黄色い歓声が上がる。「ツッキー!!!」なんて声も聞こえるが特にそれに対する蛍さんのリアクションはない。わかってはいたけど多分塩対応スタイルなのだろう。
「歓声すごいね」
「まあガチファン多いからねー」
「そうなんだ…塩対応なのに…」
「はは、それがいいって人もいるんでしょ。あ、でも月島選手彼女いるらしいからあんまり沼らないように気をつけなよ」
同期の言葉に一瞬言葉が詰まる。「別にそういうのじゃないから」と言ったものの心の奥がずん、とするのが分かった。元々恋人になりたいだなんて思ってわけではないけど彼女が居ながら他の女性にもあんな風に優しさを振りまいていて、それに私が一人で浮かれていただけ、という事実が恥ずかしかった。とはいえ、別に蛍さんに何か言ったわけでもないし単純に私が一人で勘違いしただけ、もう大人なんだからそんなことで一喜一憂するな、と自分の心に言い聞かせた。
帰り際に仙台フロッグスのグッズ販売に立ち寄った。蛍さんのユニフォームを手に取ると同期がにやにやする。「もしハマったなら来週の試合もどう?まだ席空いてるよ。」なんて言って来たが蛍さんは自分がバレー選手だと明かしていない人がこのユニフォームを着て試合会場に居たら恐怖では。と思い遠慮することにした。代わりに小さなマスコットキャラクターのストラップを買った。こっそり応援するくらいなら罰はあたらないだろう。そんな私の心情を読み取ったかのようにスマホの通知が来た。手元のウォッチを確認すると"月島蛍さんからメッセージが届きました。"の文字。どきり、と心臓がはねる。
"今どこにいます?#dname#さんみたいな人見かけたんですけど"
ああ、もうこれは絶対バレてる。なんで?そこまで目立つ席でもなかったでしょ。頭の中でしらばっくれるか観念するかの2択を考える。隠すと余計やましい感じが出ると思い"市民体育館に居ます。私も蛍さんみたいな人を見かけたんですが"と正直に送った。すると間髪入れずに着信が来た。同期に断りを入れて電話に出る。
「…やっぱり#dname#さんだった、なんか似た人がいるなって思ったんですよね」「奇遇ですね、私も似た人がいるなと思ってたんです。コートに。」
電話越しでも蛍さんが笑うのが分かった。笑い事じゃない、なんで言ってくれなかったんですか。というと聞かれなかったから。と回答が来た。
「さすがにちょっと悪いなとは思ってますよ、お詫びによる食事でもどうですか?#dname#さんの今日の感想聞いてみたいし」
彼女の存在がちらつき一瞬回答をためらったが、別に食事くらい、と思い了承することにした。素人の感想なんて何も言えないぞ、と思いながらも休日に蛍さんと食事する。というイベントに心が躍った。電話を切ると私は再び売店に戻り17番のユニフォームをレジへと運んだ。
(2024.03.06)