04 見ないふり
蛍さんから案内されたお店に向かうと雰囲気の良いイタリアンレストランだった。和食になるのかなと思ってたので驚きながらも、この店は通りかかるたびにおしゃれだなと思っていたもののなかなか立ち入ったことが無いお店だったことに気づく。偶然にも気になっていたお店でご飯を食べる機会に遭遇したことでさらにテンションが上がる。月島の名で通されたのは奥にある個室席。木材で構成された店内は温かみがあり落ち着く。まだ蛍さんは到着していないようだったのでメニューを眺めた。
ケールのサラダに仙台牛のボロネーゼ、三陸沖の鮮魚など、どれも美味しそうだった。
蛍さんは苦手なものはないだろうか、うっかり頼んでしまったとしても蛍さん遠慮して言わなさそうだな、と思い少し後ろめたさを感じながらスマートフォンを取り出した。
“月島蛍 嫌いなもの”と検索すると仙台フロッグスのSNSであるWhisperが出てきた「ふにゃふにゃポテトにブチ切れる月島蛍」として眉間に皺の寄った蛍さんの写真を見つけて思わず笑みがこぼれた。コメント欄もかわいいで埋め尽くされている。ポテトには一家言あるらしいので避けておこうと心に留めながらピザの欄を眺めていると蛍さんが来た。
「ミーティングが思いのほか長引いて遅くなりました。すみません、待ちました?」
「あ、いえいえ全然、今来たところです。蛍さんこそ忙しいのに手配までしてもらっちゃってすみません。」
「ならよかった。僕が急に誘ったんだから気にしないでください。」
そういって蛍さんはコートを脱ぎ席に着いた。何飲みますか?の問いにビールと答えると「絶対#dname#さんお酒好きそうだと思った」そう笑ってドリンクメニューを差し出してきた。
「ここクラフトビールが結構種類あるんですよ、好きなの選んでください。」
「え、本当ですか。クラフトビール美味しいですよね!どれにしようかな…」
そういってメニューの文字を眺める。最初はさっぱりしたものがいいと思いベリー系のビールにすることにした。蛍さんは?と尋ねると食事中は飲まないらしく炭酸水を注文していた。一人だけアルコールでちょっと気恥ずかしかったけど慣れてるから気にしないで飲んでと言われた。
最初のドリンクが運ばれたときに幾つか料理を注文した。蛍さんはおすすめをいくつか提案してくれた後、食べたいものはあるか?と尋ねられたのでカルパッチョがおいしそうと言ったら僕も好き。と言いながら注文してくれた。所作がいちいちスマートだと感心してしまう。会社の同僚や先輩と食事をするときももちろん優しくしてくれるもののかしこまったり感謝しなければいけないオーラを感じて少し息苦しかったのだが蛍さんにはそれがなかった。シンプルに離れしてるのだろう。そりゃ女にもてるわ、と思いながら完敗してビールを喉に流し込んだ。
「実は#dname#さんと連絡先交換した後、#dname#さんアイリスコヤマに勤めてるって言ってたから、もし知ってて何も言わなかったら心象悪いだろうなと思ってちょっと焦ってたんです」
「そんな、そこまで考えてないですよ」
蛍さんが今日の趣旨であろう、なぜ選手であることを黙ってたのか、を離し始めた。
どちらかというとスポンサーなのに知らない私のほうが問題では?と思いながら相槌を打つ。選手とはいえ一般人であることには変わりないだろうにそんなことにまで気を使わなければいけないのは大変だろうな。迂闊な発言も行動もできない、どこでだれが見てるか分からない、さぞ気が張り詰めることだろう。
「はは、まあそうですね。現に#dname#さん特に何も言ってこないからまあ余程好きな人でもなきゃ知らないかと安心してたんです。」
「で、今日の試合のスポンサー席はアイリスコヤマって聞いてたのでもしかしたらと思ってみてたらビール片手にひとりだけ唖然とした顔してる人が居て思わず目が行きました。」
「え、うそ、私そんなひどい顔してました?」
「ひどいってわけじゃないですけど笑顔や真顔の中に唖然とした顔はなかなか目につきました」
「やだ、恥ずかしい…」
「まあでもおかげさまで変にごまかす必要もなくなりました、#dname#さんの表情が豊かだったことに感謝してます。」
「馬鹿にしてますよね?」
「してないです、可愛いなって思っただけ」
そんな簡単に可愛いとかいうタイプだとは思っていなかったので、笑いながらそう告げた蛍さんに不覚にもどきりとした。そもそもバス停で声をかけてきたのは蛍さんだし、意外とチャラいタイプの人間なのかな。なんて思いながら蛍さんを見つめる。蛍さんはそんなこともお構いなしに話を続けた。
「でも僕が会社員してるのも本当。普段は博物館で働いてます。」
そう言って名刺を差し出してきた。仙台市博物館の文字が並ぶ。
「絶対私より忙しいじゃないですか、嘘言いましたね?」
「仕事って言っても非常勤ですよ、どっちも程々にしか頑張ってないので#dname#さんみたいに一つに注力してる訳じゃないので#dname#さんのほうが大変だと思いますよ。」
そんなことより今日の試合どうでした?バレー見たことあります?なんてきれいに話をそらしながら尋ねてくるから実はテレビでしか見たことない、と答えた。
「じゃあ今日が初めて生で見たんですね、どうでした?」
「えーやっぱり迫力が違うし全体が見れるのでここにボールが上がるんだ!って毎回びっくりして楽しかったです。あ、勿論蛍さんの一人時間差も。」
「そんな取ってつけたように言わなくてもいいですよ」
「取ってつけてないですよ!同僚も興奮してましたよ!すごかったです。」
蛍さんはちょっと照れくさそうにしながらそれをごまかすかのように炭酸水を飲んだ後ちょうど運ばれてきたカルパッチョを口に放り込んだ。
「まあじゃあ楽しめたんですよね?」
「はい、勿論、楽しかったです!蛍さんのユニフォームも買いました!」
そう言ってカバンから蛍さんの背番号と名前が入ったユニフォームを取り出すと蛍さんは一瞬唖然とした後大笑いし始めた。「いや、ありがたいけどまだ初めてでなのにまさかユニフォーム買ってるとは思わなかった。しかも僕の。」
「いいじゃないですか、チームの売上にも貢献してますよ!また観にいきますね。」
「僕も今日それを聞こうと思ったんですが聞くまでもなかったですね、良かった。」
わざわざ買わなくても言えば渡したのに、と言われたがそれはなんだかずるな気がするので嫌だというと蛍さんはまた笑ったが優しい目をしていた。背の割に幼い顔をしている蛍さんをみて可愛いな、と再び思った。
ゲームの期間限定キャラやバレーや仕事の話など、お互いの知らないところを埋めるかのようにひとしきり会話を満喫した。会話の節々から蛍さんの優しさや性格がにじみ出ていて良いな、と思う反面で彼は彼女がいる人なのだからと心にブレーキを掛けた。人とふたりきりで過ごすこと自体暫く避けていたのでより一層蛍さんが眩しく見えた。
最後に飲み物を頼んだ際に蛍さんがカルーアミルクを頼んだので私もそれをいただくことにした。少し意外だけど甘党ってパンフレットに書いてたしな。と思っていると顔に出ていたのか「お酒はカルーアミルクしか飲まないんです」と拗ねたように蛍さんが言った。
「#dname#さん酔っ払うと普段より顔に出ますね、何考えてるかわかり易すぎる」
「嘘、まずいですね、気をつけます」
「なにかまずいことでもあるの?」
貴方に惹かれそうなのがまずいんです。などと言ったらこの関係は一瞬で終わる。「今の話じゃないです、接待のときとか。」なんてごまかしながらカルーアミルクを飲んだ。じくじくする心に染みる甘さだった。
リップを直しておきたくて化粧室に行くために席を立った。鏡で見た自分の顔は酔いのせいか白さが際立っていたので気持ち程度に唇に彩りを添えた。席に戻るとちょうど計算がカードを店員に渡していたところだった。支払額を問うても蛍さんは今日は僕が誘ったから、と頑なに教えてくれない。なんならユニフォームも買ってくれたんだから、今日は奢らせて。と言われればいよいよ私が折れるしか無かった。ご馳走さまです。というと蛍さんはまた優しい眼差しを向けた。
「ほんとに、もしよければまた観に来てください、チケットも手配できますし。」
「仕事さえなければまた観にいきます!でも流石に自分でチケットくらい買わせてください。お気持ちだけで十分すぎます。」
多分関係者席に誘ってくれたのだろうがもし彼女さんも居たらと思うと勝手に気まずくなるしボロボロの自分と比較して惨めになりそうだったから普通の席が良い。という気持ちもあった。
「あと、できればまたこうしてご飯行きたいんですけど、#dname#さんはどう?」
ちょっと緊張してるような声色で言ってきた蛍さんに私も思わず緊張が伝染る。どうしてそんな顔して聞いてくるんだろう。何も知らなければ脈アリと思ってしまいそうな表情だった。
「はい、ぜひ、ご近所のよしみとしてご飯行きましょう。」
ちょっとした嫌味のつもりだった。彼女がいるのに私なんかにそんな思わせぶりをしないでほしいという意志表情。蛍さんはちょっと寂しそうな顔をして良かった、また連絡しますねと言った。
その表情を見て、にとてつもなく酷いことをしてしまったという気持ちにさせられたが酷いのは蛍さんだ、と思いながら私達は帰路についた。
(2024.03.10)