05 憂鬱の幕開け

 夢の様な日の後、私はどん底に突き落とされた。

 朝、通勤バスの中で会社用のスマートフォンを見ると取引先から提案書と請求書の発注額が異なっているとの指摘だった。請求書の金額は私もチェックしていたし問題ない。であれば見積書か。と原因と思しき点と推測し提案チームにメッセージをいれる。仕事のミスは深夜残業でも取り返せるが契約関連はそうはいかない。自分だけでどうにもできない問題に心臓が波打つ。
 会社に到着して早々に関係者にヒアリングを行うと、得意先だからと営業部門がディスカウントを行ったらしいがそれがプロジェクト側に連携されていなかったらしい。なんなんだ、と思いながらも一旦は経理と営業でどうにかする案件だと思い自分のタスクにとりかかろうとした時に上司から一本のメッセージ。

 隣のチームの若手が休職になったらしくヘルプで仕事を引き継げないか?という依頼だった。今でさえ36協定ギリギリの労働なのに出来るわけ無いでしょ、と内心舌打ちしつつ担当チームリーダーに話を聞く。

 彼の話は横道にそれてばかりで要領を得ない。本当にタスクの詳細が分かっているのか丁寧に詰めたらどうやらただのお飾りリーダーだったようだ。今度のため息は心の中だけに留めることはできなかった。

 パートナーメンバと現在フォルダに残された資料をあさって状況を整理する。わたしたちのタスクと期限感を洗い出す。これリスク分析が終わるまでは全容がわからないから下手したら今日帰れないぞ、と思いながら引き出しにストックしているカロリーメイトを口に放り込んだ。

 昼休みがいつだったかも覚えていない、気づけば時刻は18:00を回っていた。日中は手当たり次第に初対面の人にヒアリングをかけたのでいつもより気疲れがあった。インプットはこの時間がそろそろリミットなので後はアウトプットに取りかかろう。と下のフロアのコンビニに向かう。エレベーターが開くとそこには及川先輩がいた。

 「#dname#ちゃんまた顔死んでる、大丈夫?」

 エレベーターが閉まると同時に背後から及川さんが話しかけてきた。二人しかいなかったので大丈夫じゃないけど頑張ってます、と笑うと及川さんは今日の経緯をすでに耳に入れていたらしくあのチームはそもそも人の適性がないから見る人が見たら壊れるのが目に見えていたプロジェクトだよ、#dname#ちゃんがアサインされたのだって正直納得してない。キャリアにもならないし蹴ってもいいよ、揉めたら俺が出る。とまで言ってくれた。

 ありがたい申し出ではあったが総合職という立場上いつ誰とどんな縁が出来るかわからないし及川さんだって外資に転職してしまうかもしれない。(そもそもこんなところにいる器じゃない)のでやんわりと断りを入れたが及川さんは納得のいかない表情を浮かべていた。

「#dname#ちゃん俺のこと信用してないでしょ、及川さん泣いちゃうよ?」

「ここで泣かないでください、困ります」

「うわ~辛辣すぎてほんとに悲しくなってきた。」

「お気持ちだけで十分嬉しいです」

「…そう、まあ、じゃあこの一山超えたら及川さんと飲みに行ってくれない?」

 及川さんは急に私の前に出てきて視線を合わせるように状態を傾けながら訪ねてきた。

「ずいぶん急ですね、いいですけど、及川さんこそ忙しいんじゃないんですか?」

「息抜きでもないとやってらんないよ、仕事なんて」

「私で息抜きになるか分かりませんが…」

「じゅーぶん、じゅーぶん、寧ろ#dname#ちゃんと色々話したいんだよね」

 そういってまた連絡する、といって及川さんとはエレベータで分かれた。私は昼食兼夕食と飲み物をコンビニで購入して再びデスクに戻った。見れば見るほどまずいなと分かる状況に頭痛がしてくる。頭痛薬を飲み込みながら肩を回す。どうしたらここまでリスクを放置できるんだろうとリーダーに言いたいところだがぐっと飲み込んだ。また彼女の二の舞を見るのはごめんだ。

 特に仕事において、正しいことをせずに自分で筋道立ててやったことを説明できない人がいるとは思ってなかった。なぜ今この仕事をやるのか。そう考えながら取り組むのは当たり前のことだと思っていたため、それが出来ていない人が多いという事実に気づくまで時間を要した。
 気を使って分からないことを分からないと言えない人、これくらいのことが一人でできなければとふさぎ込んでしまう人、怒られるのが怖くてつい嘘を言ってしまう人。なぜそうなったのかわからないが本人なりに理由があるのだろう。それが分からなくて私は同期を無意識に傷つけた。

 ひとしきり状況整理が終わり、帰路につく。22:00。明日からも長そうだと思いながら仙台フロッグスのWhisperを観ると機能の試合の動画が出ていた。

 コメント欄には「今日珍しく文章量が多いですね」とかかれていたので昔のMVPインタビューがないか遡ってみるとたしかに先輩たちに囃し立てられ渋々と言った感じの簡素な挨拶だけだった。月島さんの挨拶は私が認知されてたうえの初めての方向けのコメントだったとしたらと意識してしまう。自意識過剰かもしれない。

昨日の会話を思い出して胸が痛む。あんな意地悪を言わなければよかった。月島さんは好意で良くしてくれてるだけなのに勝手に思い上がって嫉妬して態度悪くして最悪だ。つぎあったらきちんと良い人でいよう。大丈夫、仕事と一緒だ。クライアントの求める姿に私はなればいい。

𓍰𓍰𓍰

 そう決意したものはいいものの、案の定次の日からも仕事量が目まぐるしい。チームメンバは誰ひとり要領を得ていない。1からどう進めるべきか教え込まないと使い物にならないレベルだと正直感じてしまったが人のスキルは個人差があるので仕方ないと言い聞かせながら期待する役割を説明した。

 そうやってチームメンバがまともに稼働するようにレクチャーしてたせいで本来の自分の業務が全く回らず休日返上。 辛うじて土日はいつもより休めるため睡眠のストック。それを繰り返す。

 仕事以外の思考を抜かないと、この時期は越せないことを身を持って知っている。今までは担当者としてそれで何とかしてきたが、今回いつもと違うのは、私はメンバーではなくリーダー代理までやらなければいけないといったこと。
 自分だけが頑張る局面は何度かあったが周りもそれなりのクオリティを出してもらうためにはどうすればいいのか。

 職制からして分不相応なタスクだということは薄々理解していたが、言ったところでどうにもならないということも分かっていた。
 どうしたらチームは私抜きで回るのか、答えの出ない問いを考え続けながら気づけば数週間が過ぎていた。

 遅れは前ほど酷くないものの、スケジュール通りに完了するのは絶望的だった。予算が決まってる以上人員投資ができない。上に掛け合ったって今から投入準備をしても間に合わない。

 もっと早めにリスクとして調整しておくべきだった。私が頑張ればなんとかなるかな。そんな事ばかり考えていると段々と目の前のドキュメントの理解ができなくなってきた。あ、やばいかも。そう思った瞬間に私の意識がぐらりと傾いた。倒れないように気を張り詰めながら健康管理室に向かった。

 眩暈が起こってるのでとりあえず休んでくださいと用意された個室で横になった瞬間、私は意識を飛ばした。


(2024.03.11)

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