03 横道にそれたら
初日から薄々思っていたが由香里は人と仲良くなるまでのスピードが早すぎる。
私は写真以外のスキルを身に着けようと思いここ最近動画制作や若手と言われる人たちの映像制作を見ながら帰宅後即素材を集めて見様見真似で作っているものの、写真と違って幅広な技術と根気が必要になりそうでずっとああでもないこうでもないと唸りながら同じ動画をひたすら加工していた。
新しいことを始めている、程度に私のことを理解していた由香里はそんな状態の私を見かねてかちょっと休憩したら?休憩もクリエイターには大事でしょ。ともっともらしいことを言って一つの鍵を渡してきた。
「これ何の鍵?」
「へっへーん、これ、実は先輩からもらった屋上の鍵。なんか代々受け継がれてるらしい。」
「何それ、忍びの地図みたい」
「あはは、確かに。ハリポタね。あったねそんなの」
まあ放課後でも昼休みでも使って息抜きしなよ。先生にだけはバレないようにね!
そう言って由香里は部活だから、と立ち上がった。ありがとう!と去り際に声をかけると満面の笑みでいいえ~と言って去っていった。
ご厚意に甘えよう。そう思い早速屋上へ向かう。幸い今日は快晴で外に出るにはうってつけの天気だった。
恐る恐る鍵穴にもらったカギを差し込んでみる。入った。まああたりまえだけど。ゆっくりとカギを回し解錠する。ドアノブを回して外に出てみるとすでに1人先客がいたようだ。まずい、と思ったもののその後ろ姿から制服だと思い安心する。
鍵って一つじゃないんかい。そう思いながら恐る恐るドアを閉める。この人が常連だったら申し訳ないとそっと彼に近づきあの、と声をかけると彼の肩が跳ね上がった。
「うわあっ…びっくりしたってなんだ先生じゃないのか、よかったー。」
「あの、すみません、私も友人から鍵を借りて入らせてもらったのですがもしお邪魔だったら帰りますので…」
おそらく先輩だろう、どこかで見かけた顔だなと思いながらそう言ってみると彼はニコリと笑って全然気にしないから好きにしてくれて大丈夫だと口にした。
「俺、3年の菅原考支。俺もあんまりここに来ることないから全然気にしなくていいよ」
「1年の#dfam##dname#です。」
#dfam#ちゃんなー、よろしく。そう言って菅原さんはまた空を見上げ始めたので私も横に並んで空を見つめる。東京で見た空とは違ってなんの障害物もなく青く澄んだ空。一人パソコンに向かってもくもくと作業している環境とは確かに正反対で大人たちがよく自然を求めてキャンプやBBQや登山をする意味が少しだけ分かるな、と思った。
「菅原さんはたまにしか来ないんですね」
「そだなー、まあちょっとすっきりしたいときに寄るくらいだなあ。なんで#dfam#ちゃんは屋上きてみたの?興味本位?」
「私もちょっとすっきりしたくて」
そういうと菅原さんはそうかーと言ってほほ笑んだ。何となくこのまま話を続けても聞いてくれそうな雰囲気があったのでゆるゆると今の気持ちを伝える。写真だけじゃだめだと言われたこと、新しい何かを探しているがうまくいかないこと、本当にそれが自分のやりたいことなのかわからず突き進むのが怖いこと。
菅原さんはそっか、んだなー、わかるわかる、と時折相槌を打ちながらずっと私の話に耳を傾けてくれた。
「どんな写真撮ってたの?見てみたい」
別にそんなお見せできるほどたいそうなものじゃないです、と保険を掛けつつ鞄にしまいこんでいた何枚かのお気に入りの写真を見せる。菅原さんはそれらに目を通すと細かい技術とかはよくわからないけどきれいなことは分かる、特にこれが好きと言ってあのコンテストで優勝した一枚を指さした。
「実はそれがちょうどこの前コンテストで優勝した一枚なんです。」
「おお、すげー俺の審美眼もなかなかのもんじゃね?てか#dfam#ちゃんそんなすごい人だったんだな」
「たまたま運よく賞をいただいただけなんですごくないです、あれから全然写真も撮れてないし。」
そういうとそんなことないけどなーと言いながら再度写真に目を伏せた。
「#dfam#ちゃんって人は沢山とるけど自分が写ってる写真って全然ないんだな。」
まあ、私が撮ってる写真なので、というとあ、そっか。と言ってけらけら笑った。菅原さんのリアクションは私のほうまでつられて笑顔になりそうだ。
「ハイスペックなカメラならタイマーとかモニタが反転できたりするので自撮りもできなくはないんですけど、持ち歩き優先するともっと機能が絞られたものになっちゃって、」
そう言ってポケットからカメラを取り出す。小さくても決して安物ではないこのカメラは父親が奮発して買ってくれたので写真を撮らなくなった今でも大事に持ち歩いている。菅原さんはちょっと貸して、と言って手を差し出してきた。カメラが分からない人に渡すのは少し怖かったが「大丈夫、丁寧に扱うから」という言葉を信じて差し出した。
菅原さんはボタンなど見様見真似で撮影するかのようにレンズを覗いてあたりを見渡しながらなるほどなーと言った。
「自分が撮った写真なのに、自分が一枚も写ってないってさみしくならね?」
さみしいだなんて考えたこともなかった。菅原さんの声がするほうへ振り返ると、菅原さんがカメラを私に向けていた。カシャ、とシャッター音がなる。菅原さんはカメラの画面を片手で覆い、覗きこむ。どうやら写真はぼけていたようで、残念そうな顔をして私の方に見せてきた。菅原さんの手からカメラを受け取ってみてみると、辛うじて女子高生とかかる人物が中央に居た。振り返ったせいで顔はよく分からない。
「…下手くそですね、菅原さん」
「じゃあ教えてよ、#dfam#センパイ」
そう言って菅原さんはカメラを持った手を私の肩にかける、私よりも広い肩幅と長い腕で支えられたカメラが私たちのほうを向く。人差し指に力を込めたのが菅原先輩の腕を通して首筋に伝わる。控えめな柔軟剤の香りがした。
「はい、チーズ!」
カシャ、とまたシャッター音が鳴る。再び画面をのぞき込む先輩に倣って私も画面をのぞき込んだ。今度はピントはぶれていなかったが満面の笑顔の菅原先輩と何とも言えない表情をした私がそこに居た。この顔は恥ずかしすぎる。
「…#dfam#ちゃんは撮るのは上手いけど、撮られるのは下手なんだな。」
「…それでいいです。」
「もったいねーな、#dfam#ちゃん笑ってるかおめちゃくちゃ可愛いのに。」
なんの感情も含まれないような声で呟かれた予想外の言葉に、思わず唖然とした。面と向かれて可愛いと言われたことに恥ずかしくなり 何を言っていいか分からなくなっていると、数テンポ遅れて菅原さんも自分が何を言ったのか自覚したようで、耳が赤くなっていた。
「っとそろそろ俺行かないと、またな、#dfam#ちゃん!」
「えっあ、はい、また…!」
そう言って慌てて立ち上がった菅原さんを目で追いながら、挨拶をする。菅原さんは本当に時間がなかったようで慌てて屋上から出て行ったのできちんと私の言葉が聞こえていたかどうか怪しい。菅原さんの気配がドア越しに消えたころ、大きく深呼吸した。
間をおいて写真を撮られたときにめちゃくちゃ近かったことを思い出して顔が熱くなる。高校3年生って思ってたよりもがっしりしていてそんなつもりは全然なかったのに急にドキドキしてしまった。どれだけ人のいい笑顔をしていても男の子だというのを感じてしまった。
そういえば、この写真どうしよう、せっかくだから渡したほうがいいな、でもクラス知らないな。まあ、次に屋上であった時に渡せばいいかな。 そもそもなんで菅原さんは屋上に来たんだろう。本当に私邪魔してなかったかな。
そう思い、あの後も何度か足を運んだが、菅原さんと会うことはなかった。私も、一人の屋上にはうんざりしてきたので、自然と足が遠のいていった。鞄の底には印刷してみたあの時の写真がいつまでも残っていた。
(2024.02.24)