04 大人の真似事
1年生の自習時間に自習する人なんてどれくらいいるんだろう。
数学の担当教員が病欠とのことで急遽自習になった時間。大体の生徒は近くの席の人と雑談をするかSNSを見たりして思い思いの時間を過ごしていた。私は一応教科書とノートは出しつつもイヤフォンをしながら手元のスマートフォンを操作していた。少し前に菅原さんに励まされてからとにかく何かやってみよう、そう思って何かゴールを決めることにした。
ちょうどその時、U-18向けにインターネット上で有名なアーティストAnaがPVのクリエイターの公募を行うというニュースを耳にした。最近有名な映像作家や若手クリエイターの動画をひたすら漁っていたがその中にはいくつもAnaのPVがあったのでよく覚えている。期限は夏まで。U-18らしく学校をテーマにした曲を制作予定でそのテーマに見合ったポートフォリオを提出するのが募集要項だった。”学校”というテーマでも人によって受け取り方は千差万別。私はどういった映像を撮るべきか校内を見渡す。
隣の席では月島蛍がヘッドホンをつけて勉強をしていた。自堕落になりがちなこの時間でも自習だなんて偉いなと思ったものの、彼の手元をよく見ると直前の日本史の授業で出された宿題に手を付けていた。ずるい、と一瞬思ったものの勉強には変わりないので偉いといえば偉いのか・・・?私も宿題さっさと終わらせようかな。それにしても月島蛍は黙っていたら睫毛は長いし背は高いし、さぞ女子ウケしそうだな。黙っていたらだけど。でも、月島蛍はキャーキャー言う女の子は嫌いそう。同級生と付き合ってる姿が想像つかない。どちらかと言えば年上お姉さんと付き合ってそうだな。
そんな余計なお世話を妄想する一方で菅原さんに焚きつけられた心を否定するかの如く「今どれだけ頑張って見せても結局それで生きていけるのは一握りなんだから無理するな」と言われたことを思い出す。私も人のこと言えないけど、ひどく捻くれてるなと思ってしまった。
あからさまに見つめすぎたのか、月島蛍がこちらを見つめて何か口を動かした。慌ててイヤホンを取る。
「ねえ、遠慮なく見つめてくるの辞めてくれない?流石に気になるんだけど」
「ごめん、なんでもない」
他意はないことを示すように手を振り、前を向こうとするがその手首を月島蛍に補足された。
「別に今日だけじゃないでしょ、ちょっと前から時々ずーっと視線感じる。なんか観察されてるみたいで気持ち悪い。」
「え、嘘、ごめん。多分それ無意識だ」
「無意識でそこまで遠慮なしに人を見つめるってどうなの、まだ知り合いの僕だからいいけど外でやったら不審者だからね。逆に変な人に絡まれるかもしれないんだからちょっとは気を付けなよ。」
母の説教にように捲し立てられた。
貴方の言うことはもっともです。と思った一方で、気持ち悪いと罵られるかと思っていたので思いのほか優しいコメントに驚く。
「月島くん、諭し方がお母さんみたい」
「#dfam#のお母さんの苦労が知れるね」
「ちょっと何それ、別にいつもぼーっとしてるわけじゃないでしょ!ちょっと最近考え事してるだけだから、」
「へえ、何考えてたの?」
まるでそう返されることが分かっていたかのように月島くんの口は弧を描いた。先日の諍いから何となく言いづらかったことを口にする。
「Anaが18歳未満のクリエイターでPVを作るコンテストをする予定で私も応募したくって。写真じゃないからまあ、正直チャレンジではあるんだよね。 審査のテーマが”学校”だから、素材を探しているうちに多分無意識に月島くんのことを見ちゃってたかもしれない」
「・・・なるほどね、でも別に教室にいる僕なんて#dfam#さんと変わりないでしょ」
いやいや、月島くんは部活とか頑張ってるし、言いたいことははっきり言ってくれるし、大人っぽいなって思うから私とは違うよ。と続けると月島くんは不意を突かれたような顔をして別にそんなことないでしょ。と呟きながら目を逸らした。
「でも確かに部活ってのはもう少し知ってみてもいいんじゃないの、#dfam#さん部活入ってないし」
確かに。部活というかスポーツについてそもそも遊び以外で取り組んだことが無いため、運動部がどういうことをしているのかは全くわからない。見てみたいけど、そんな気軽に見に行けるものかな?と頭を悩ませていると、それすら察したように月島くんが「男子バレー部は顧問が現文の武田先生だし、#dfam#の写真のことも知ってるから次のコンクールだっていえば許可してくれると思うけど」と言ってくれた。
「あ、そうなの・・・なるほど、ちょっと考えてみる」
「今日ヒマでしょ?今日練習試合があるらしいから、試合してるとこ観るのが一番雰囲気つかみやすいと思うんだけど」
「ヒマだけど、ちょっと心の整理がまだ」
「別に試合に出るわけじゃないんだから整理もなにもないでしょ」
何を言っても論破されそうなのでおとなしく月島くんのいうことに従うことにする。
「でも、月島くんがバレーの試合するの楽しみかも。観てみたい。」
「どれだけ僕が出るか分かんないけどね」
「でもレギュラーなんでしょ?この前山口君言ってたし」
「練習試合だからレギュラーが毎回出るとは限らないの、色々試してみたい組み合わせとかもあるだろうから。まあ実験みたいなものだよ。」
へえ、と声を漏らすと「じゃあ決まりね。」と言って月島くんとの会話が終了した。私は仁花に経緯を説明し、今日は一緒に帰れない旨謝罪すると、仁花からは”頑張って!!!”と感嘆符プラススタンプ付きの私以上に気合が入った返信が来た。
その日の昼休み、いつもの4人でご飯を食べた後、月島くんに声をかけられた。
「行くよ」
「え、どこに?」
突然のことに私は間の抜けた表情で返事をしてしまった。それを見た月島くんは眉間に皺を寄せて馬鹿を見るような目で私を見下した。え、なに、そんな顔しなくてもよくない?
「え、月島なに、いつの間に?いくら#dname#が可愛いからって流石に手が早くない?」
「えっ?!何言ってんの由香里、」
「馬鹿な事一遍に言ってこないでよ。武田先生のところ行くよ、放課後なんて時間ないんだから」
「ああ、なるほど、おっけー!ごめんごめん、今行く」
やっぱり馬鹿だと思ってたんだこのやろう。由香里と山口君は何のことかわからない、といった顔を浮かべていたので「戻ってきたら説明する!」と伝え、私を置いて先に行ってしまった月島くんの後を追いかけた。
昼休みの職員室は先生が多く緊張する。入口でぐるりと職員室内を見渡し、お弁当を食べているであろう見覚えのある背を見つけて向かう。武田先生は見慣れない組み合わせに一体何事だ。と驚いた表情を浮かべたものの、経緯を話すと快諾してくれた。その上に話しを聞いていた周りの先生方からも頑張れ!という励ましの声をいただいた。ちょっとの思い付きが思いがけず大事になりそうで胃が痛くなる。お辞儀をして職員室を後にする。
「・・・一応うちの主将にも言ったほうがいいんだけど、部活前に僕のほうから言っておくから」
「ああ、確かにそういうものだよね・・・なにからなにまでありがとう、助かる。」
「あと、3年のマネが1人いるから何かあったらその人に言えば大丈夫だと思うよ。あと流れ球があるからぼーっとするなら安全なとこでしてよね。」
「はい」
「あと最後まで見るなら終わった後ちょっと待ってて、僕も一緒に帰る。」
「え?」
母のような小言から一変したので驚いて横にいる月島くんを見上げる。
「一応#dfam#さんだって女なんだから危ないでしょ」
「一応女子だけど別にそこまで気にしてもらわなくても大丈夫だよ、へーきへーき。」
「万が一でも何かあったら僕の気分が悪いから近くまで送る」
「月島くんって私の家どのあたりか分かってるの?月島くんと逆方向かもしれないよ?」
「そういうのいいから。あのね、#dfam#さんのことを可愛いとか思ってる大人も世の中には沢山居るし、その中にはまともじゃないやつだって居るかもしれないの。わかる?そういう遠慮するヒマあったら彼氏でも作る努力してよね。」
後半の怒りはちょっと余計なお世話では?と思いながらも明らかにちょっと苛立ってる月島くんにそれ以上何も言えず黙って送ってもらうことにした。やってることは優しいのに時々すごく不機嫌になる。語気を荒げた月島くんは、初めに観た時の静かな熱を持った月島くんとは少し違って見えた。
(2024.02.25)