OP > TW 005 - metis

05 その視線の先に熱を宿して

 月島くんの後をついて歩きながら体育館に入る。まだ人は少なく、学年集会で見かけたことある二人だけがコートにいる状態だった。「あれが一年三組の日向で、もう一人が影山。」と、私の視線の先を検知した月島くんがぶっきらぼうに言う。説明されたばかりの二人と目線がかち合った。二人とも誰だろう?といった表情で会釈をしてきたので私も二人に合わせてお辞儀をする。
 第二体育館に入るのは初めてで、第一体育館と違って少し寒いことに気づいた。どうしよう、今日日中暖かいからカーディガン持ってくるの忘れたな。と反省しながら両腕を摩る。

「上着ないの?」

「今日は暖かいと思って持って来るの忘れちゃった。」

「……風邪引かれても困るから、嫌じゃなきゃこれ着ておきなよ」

 そう言って月島くんは真っ黒なジャージを手渡してきた。背中には”烏野高校排球部”の文字。

「え、でも月島くんが寒いでしょ?」

「動いたらすぐ暑くなるから。元々あまり着ないし気にしないで。」

 じゃあ。と言って私の返事も聞かないまま月島くんはコート内に駆けていった。月島くんのジャージに袖を通すのは、彼女みたいで恥ずかしいと思いつつ、月島くんの言う通り風邪をひいては元も子もないのでありがたく羽織らせていただく。(自意識過剰って言われそうだし。)明らかに大きい袖を通すと腕の長さの違いが顕著に分かる。同じ年の人間なのにここまでサイズが違うのか、と唖然とした。

 体も温まったところで、試合の撮影準備のためカメラを鞄から取り出したが、SDが一枚足りていないのに気が付いた。しまった、ロッカーに入れたままだ。今日あとどれ位撮るか分からないし、動画も撮ると考えたら一応予備分も持っておきたい。そう思って急いで教室に戻った。

 ロッカーから目当てのSDを取り出して再び体育館に戻る途中、ジャージに着替え終わった由香里と遭遇した。

「え、#dname#、何それ?彼ジャー!?」

「違う、月島くんから借りてるけど、ちょっと体育館寒すぎてご厚意でお借りしてるだけ!」

「へえ~」

 真に受けていない由香里がにやにやする。せめて脱いでから教室に戻ればよかった。

「でも中学のころから見てる身としては月島がそこまで親切にすること自体意外だけどね、さてはほんとに気に入られてるんじゃない、#dname#?」

「そんなことないよ、」

 そんなことない、と言いつつも確かに今日の一件は私が思っていた”月島蛍”像よりも優しくてびっくりしている。由香里はそう言っているが、高校になって何か心境が変わったとか、隣人には優しくしようとかそういうものかもしれない。過剰な期待をしないように幾つか理由を並びたてる一方で、もしかしたら、という可能性も考えてしまう。でも、私は月島くんに好かれるほどの事はしていない。

「まあ、今度2人でご飯でも行こうよ、色々聞かせて!」

「何もないけどそれは行きたい。とりあえず、部活頑張ってね。」

そう言って男子バレー部用の体育館に戻ると、すでに練習試合相手の烏野商店街の皆さんが体育館に入っていた。武田先生に会釈をして体育館の隅に座る。

 みなさんの様子を窺うと、どうやら練習試合のチーム決めをしているようだった。その集団の中に一人見覚えのある先輩がいた。
 菅原先輩、バレー部だったのか…。知らなかった。
 この前は私の話ばかりして菅原先輩から何も聞いていなかったことをこのタイミングで思い出した。申し訳ないので次に会ったら色々菅原先輩のことを教えてもらおう。どんな表情でいれば良いのかわからないながらに菅原先輩を見つめていると、先輩はあの時よりも険しい表情を浮かべていた。その背中に影山君が声をかけた。

「…俺に譲るとかじゃないですよね」

 譲る?なんのことだろう。でもその一言で体育館内の空気が張り付いたことは分かった。

 影山くんが菅原先輩をにらみつける。菅原さんはいつもの笑みとは全く異なり眉間に皺を寄せていた。月島くんも二人に注目していたがその視線から感情は読み取れない。

「…圧倒的な実力の影山の陰に隠れて安心してたんだ…!」

菅原先輩が肩を震わせた。それからもぽつぽつと何かを言っているようだったがここからは聞き取れなかった。菅原先輩が前を向く

「もう一回俺にトスあげさせてくれ、旭」

 旭と呼ばれた先輩は狼狽えているようだったが、菅原先輩はチームメイトに朗らかに声をかけていた。菅原さんを睨んでいたようだった影山も心なしか少し安堵の表情を浮かべているようだった。

𓍰𓍰𓍰

 そうこうしているうちに試合が始まった。月島くんと菅原先輩は別チームのようだった。月島くんのチームには先ほどの影山くんと澤村先輩が一緒だ。
 最初のラリーで菅原さんがトスを上げた、と思ったらあっという間にそのボールが月島くんコートに落ちた。凄く速い。こんなの取るなんて無理なんじゃないか。流れ弾に注意してと言われた意味がよく理解できた。
 続いてのサーブが月島くんカートに入った、レシーブ上がる。影山くんがトスを上げたと思ったらその先にはオレンジ髪の子が既に高く飛んでいた。日向、と呼ばれた子はおそらく私の同級生だろう。私と同じくらいの身長な気がするがジャンプが高い。さっきのアタッカーの人より高いのでは?という跳躍、その最高到達点に上がったボールを彼は撃ち落とした。

「…なにこれ、バレーってすごい…」

「すごいでしょ!でも日向と影山の速攻は常識だと思わない方がいいよ、あれはちょっと特殊すぎるから…」

 コート外で観戦していた山口くんがふらりときて教えてくれた。そしてあの精密なトスを挙げてる影山くんが以前聞いていた北川第一のセッターだということも教えてくれた。

 金髪のコーチが唖然とする中、武田先生が目をキラキラさせている。どうやらコーチの人も初見のようだ。 私にはわからないけど、多分今のはもの凄いプレーなんだろうなということが体育館全体から伝わってきた。
 焦るようにポケットからカメラを撮りだす。日向くんの飛んだ背中を枠に収めてシャッターを切る。

「そこのロン毛兄ちゃんラスト頼む!」

 上がったボール、ロン毛兄ちゃんとは旭さんのことだろう。旭さんが飛び大きく振りかぶると月島くんと影山くんともう一人の先輩が飛び上がった。

 “ブロックがすごい”と山口くんが言っていた通り月島くんが指先まで真っ直ぐに伸ばした姿はめちゃくちゃ大きかった。こうしてスパイクを防ぐのか、と見惚れているとドガッといかにも重たい音がした。スパイクはブロックに当たって自コートに球が落ちそうになったその瞬間、別の選手がボールの下に指を滑り込ませた。
 今の一連のプレー、全てが人間の反射でできる動きに思えなくて私は呆気に取られてしまった。
 ただの練習試合と聞いていたのにここにいる人たちは多分練習だとか考えていない、それくらいの熱量がそこにあった。

「だからもう一回、トスを呼んでくれ!!エース!!」

 スーパーレシーブを決めた先輩が叫んだ、エースとはおそらく旭さんのことだろう。
 宙に浮いたボールの下に菅原さんがスタンバイする。視線は迷っているようだった。

「もう一回!!!決まるまで!!!」

 相手コートから影山くんが叫ぶ

「スガァー!!!もう一本!!!」

 影山くんの声に張り合うように旭さんが叫んだ。菅原さんの目に力が籠る。その声に応えるように上がったパスはすごく優しい弧を描いた。高く綺麗なトスだと思った。

 先ほどよりも威力が増したようなスパイクの音、またブロックに当たった方思いきやボールは思わぬ方向に跳ねていった。一瞬の静けさのうち、コート内に歓声が起こる。菅原さんがナイス、と声をかけて周りながら何か会話をしている姿をみて思わずカメラに収めた。

 その後も試合は着々と進み、私はなるべくいろんな視点でコートを捉えようとこまめに移動しながら動画を回した。時折月島くんと目が合うような気がしたが特に何かリアクションがあるわけでもなく、私もどんな顔をしていいのかわからないのでただただ少し微笑みながらその姿を追った。

𓍰𓍰𓍰

 時刻はいつのまにか二十時を回っており、部活が終わった。

 流石に運動終わったら寒いだろうと思い、月島くんのジャージを返すべく背中を見つけて駆け寄った。月島くんは私を見て一瞬ぎょっとした顔をしたものの、着替えるから大丈夫と返したジャージを突き返された上に、「すぐ終わるからなるべく目立たないところで待って、くれぐれも一人で帰らないでよね」と念を押してきた。
 目立たないところってどこ。と思いながら、体育館の壁にもたれ掛かる。別に一人でも帰れるけどな。
”さてはほんとに気に入られてるんじゃない?”
由香里の言葉を思い出したとたん緊張してきた、確かにこの状況、傍から見たら彼女が図々しくも部活を見に来たようにも見えなくもない。 どうしよう、と一人で混乱していると、烏野商店街の人たちが私が蹲っていた入口のほうに向かってきたため、気持ちを切り替え壁を背から話して一礼する。向こうも笑顔でお辞儀をしてくれた。

「誰かの見学?」

「…おい、高校生にむやみに絡むなよ、傍から見たらもうおじさんだぞ俺ら」

 そういってははは、と笑って居たが全然おじさんには見えなかったので否定のジェスチャーをする。この世代の大人と話す経験がないので委縮しながらも部活の見学をさせてもらってる旨を伝えると何人かが新聞で見たことあると言ってくれた、頑張れよ、との暖かい声を頂きながら商店街の皆さんを見送った。

 体育館内に視線を戻すと月島くんが先輩たちに絡まれてるし先輩たちがこちらを見つめてくる、特になんか2人から熱視線を感じる。ちょっと怖いな…。流石に邪魔だろうし外で待っておこうかな。そう思い一礼して去ろうとした瞬間。

「…あれ、#dfam#ちゃんじゃね?なー#dfam#ちゃん!」

 そう言って菅原先輩が駆けてきた。後ろの先輩方の視線が気になりつつも会釈し、月島くんに誘ってもらって写真のために来たことを明かすと一瞬意外そうな顔をした後でとりあえずやる気が出てきてよかった!といって私の肩を軽く叩いた。

「でも月島が誘うって意外だなー日向ならまだ想像つくけど、月島他人に興味ないみたいな顔してるべ?」

「ああ、まあ確かにそんな感じですけど意外とちゃんと相談したら答えてくれますよ」

 そういう時へぇ、と言いながら菅原さんが月島くんを見つめた、ばち、と目が合う。かと思いきやすぐにそらされた。

「あっそういえばこの前の写真なんですけど、ちょうど机の中に置いてきちゃって…別に大したものじゃないけどもしあれだったら今度お会いした時にあげます!」

 写真の存在を思い出して話し始めたものの別に菅原さんとしては気にかけてないかもしれないしそもそも写真貰っても困るかもしれない、と言う考えがよぎって支離滅裂な感じで話してしまった。

「え、くれるの?#dfam#ちゃんの写真なら欲しいに決まってるべやー!」

 また会った時にでもちょうだい。と言った直後、思いついたように「でもいつ会えるかわかんねーし、LIME交換しね?」と言われたので私は携帯電話を差し出した。

𓍰𓍰𓍰

 それから少しして、制服に着替えた月島くんがこちらにきた。

「煩いのがのがくる前にさっさと帰るよ」

 そう言って外に出る。私も後を追う。てっきり山口くんも一緒かと思ってた旨を伝えると「部活後そのままコンビニ寄って飯食べたりして帰ってるから今日は別」と言われた。

「じゃあ月島くんもお腹空いてるんじゃないの?申し訳ない」

「まあ空いてるけど別に食べないと死ぬってわけでもないし、」

「私の家そんなに近くないよ…?」

「大丈夫だって」

「いや流石に悪いしどっか寄らない?おごるよ!私もお腹空いたし!」

 私が食い下がらないことを察したのか月島くんは了承してくれた。とはいえこの田舎ではお店の選択肢はさほどなく、私たちは駅前のファミレスに入った。

 二人ともともしっかり夜ご飯を注文する。料理が来るまでの間、月島くんと向かい合う時間が生まれた方に気づいた。初めて真正面からまじまじと見るかもしれない、どうしよう、普段何話してたっけ、バレーの話聞いてもいいのかな。

 そんなことを考えていると月島くんの方から口を開いた。

「菅原さんと知り合いだったの?」

「えっ?ああ、そう、ちょっとたまたま」

「ふーん、たまたま会った知り合いだけど今日連絡先交換したの?」

「別に仲良いとかじゃないからね、たまたま会ったことがあるだけでちょっと渡したいものもあるから連絡先交換しよってなっただけ、」

 そう、と一言つぶやく。聞いておいてそれだけ?と思ってたら月島くんはポケットから徐にスマートフォンを取り出していた。

「じゃあ隣の席のクラスメイトの僕とも交換してよ、家着いたら一応連絡入れて欲しいし」

 そう言ってスマートフォンを操作しながらQRコードを見せてくる月島くんに驚きながらもそのコードを読み込んだ。

「…月島くんも今日の写真いる?といっても上手く撮れてるからわからないけど…」

「別に大丈夫。試合中なんてまともな顔してないだろうし。」

「そんなことないよ、すごく格好良かった、ブロックの時とかすごく大きく感じたしあんなに速くてどこに行くかわからないボールを見極めて止めてるの、単純に体力とか技量じゃなくて頭脳戦!みたいな感じでワクワクした!」

 そう言うと月島くんは手を口に当てながらそれはどーも、って言った。多分これは月島くんの照れなんだろうな、と思うと私も笑みが溢れた。前よりも月島くんが何考えてるか分かるようになったかもしれない。もっと仲良くしてみたい。そう思いながらハンバーグを食し、二人で家路についた。


(2024.02.25)

prev | contents | next
top page