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06 無意識のマーキング

 寒がる彼女にジャージを貸した。別に他意はなかったけど、いやに恥ずかしそうにする#dfam#さんにつられて僕も少し恥ずかしくなった。山口はその一連のやり取りをみて驚きの表情を浮かべていたが、何かを反論するのも違うような気がしたので、彼女の存在に言及しないまま準備をはじめた。
 一番心配なのは彼女が田中さんたちに絡まれることだったけど、先輩たちが体育館に入ってきたときに#dfam#さんの姿はなかった。何かあったのかと思いつつも連絡先も知らないし離脱するわけにもいかないのでそのままアップを始めた。

 烏野商店街の方々との挨拶が終わり、チーム分けをどうするかという話になったあたりで彼女が再び体育館に戻ってきたのを視認した。特に問題なさそうで良かったが今日の二、三年生の雰囲気だとまともな試合にならない可能性があるなと思い、今日誘ったことを少し後悔した。彼女にはバレーが楽しいと思ってもらいたい。

 まあ僕のプレーには関係ないと割り切り、振り分けられたチームで試合を進める。

 試合中、ふとした瞬間に彼女を目でとらえる。それはいつものコートに居ない存在として違和感を覚えたためだろうか。彼女は時折目を見開いたかと思えば思い出したかのようにシャッターを切っていた。

 東峰さんが視野に入り、再度意識をコート内に集中させる。重たい一撃が来たがなんとか止められた。中学ではこんなに重いボールを受けたことがなかったので東峰さんのブロックはいつも少しソワソワした。上手くいったブロックを思い出し記憶に焼き付ける。成功のポイントは?何を持ってここだと判断した?

 そんな事を考えてるなとバックサイドに場所を移した#dfam#さんと目があった。#dfam#さんは控えめに笑顔を浮かべるがリアクションをするのもむず痒いので僕はそのままコート内に視線を戻す。

「もう一回!!!決まるまで!!!」

 菅原さんと心境を重ねたのか隣りにいた影山が急に馬鹿でかい声で叫んだ。町内会の人も来てるんだからそういうのは別日にしてほしい。そう思う一方で菅原さんと東峰さんの関係の修復はこの試合の中で成すのがベストということも理解はしていた。だからといって手を抜くのは失礼なので僕は淡々とどうしたらブロックが成功するかを考える。

「スガァー!!!もう一本!!!」

 誰がどうみたって東峰さんに上がる一本。少しネットから離れた高めのトス。スパイカーを信頼したセットアップ。

 田中さんのブロックラインに沿うように並ぶ、右から影山が駆けてくる。

「君 向こうのチームに肩入れしてんの?悪いけどまた止めるよ?」

「当然だ、手なんか抜いたら何の意味もねえよ!」

 隣の田中さんが武者震いのように叫びだした。ブロックを想定して西谷さんがストレートのポジションにつくのが視界に入る。

 高く飛び上がった東峰さん。そのリズムに合わせて僕の飛び上がる。右手に当たる球、今日一番の大きい音がした。当たったボールは跳ね返ることなく、そのまま自コートに落ちた。

「ナイス旭っ!西谷もっ!」

 菅原さんが嬉しそうに笑う。武田先生も何か叫んでいたのが視界に入った。そのままぐるりとコートを見渡すとカメラを持ったまま静止していた#dfam#さん。まるで何かに心を奪われたように微動だにしないままだったが、やがて顔を放した時には#dfam#さんは今までのギラギラとして表情ではなく、優しい笑顔を浮かべていた。

 いったい何を思ってそんな表情をしたのか僕には分からなかったが僕に向けられたわけではないその笑顔に暗い気持ちが渦巻いた。

𓍰𓍰𓍰

「月島ァ!お前のジャージ着てるあの美女は誰だ!」

「田中さん、よくあのジャージが僕のジャージだと分かりましたね」

「てめぇ何心底びっくり、みたいな顔してんだよ、お前いっつも部活終わったらすぐジャージ着るくせに今日は着てないから目立つわ!で、なんだお前まさか彼女かコラァ?」

 試合の途中で彼女の存在に気付いたのであろう田中さんが僕に迫ってきた、便乗するかのように西谷さんも、問い詰めてくる。

「月島の同級生か!大人っぽいし美しいな!マネージャー志望か!?」

「まあ美しさで言えば潔子さんが俺は一番だけどな!!」

 先輩方その気は無いのだろうが、急に美しさの比較として彼女が引き合いに出されたことに少しムッとした。 キャプテンも便乗して「あれが月島の言ってた子か、確かに美人だな」とあまりにも嫌味のない笑顔で言ってきたので 毒づく機会を逃してため息をついた。ここにいる人たちは素直すぎてたまにリズムが狂う。

「彼女は写真の活動をしていて今日もそのために部活を見にきてるだけでただのクラスメイトです。別に彼女じゃなくても上着ぐらい貸しますよ。そんな大げさな。」

「お前、好きでもない女に上着を貸すのか!?」

 田中さんが動揺していた。別に使わないものを貸すのは合理的判断でしょ。一つの動作にわざわざそんな重たい意味なんて込めない。と思いつつなんて返すべきか頭の中で文章を組み立てていると(主に)田中さんと西谷さんがいつも以上に騒々しいせいか三年生も集まってきた。
 キャプテンが「あんまりみんなで見ると威嚇になるからやめろお前ら」と静止している中、菅原さんがあれ?と言いながら彼女の元に駆けていった。

 突然のことに驚いて菅原さんの背中を目で追う。彼女は菅原さんを目に留めるとパァ、と花が咲いたような表情を浮かべ、なにやら楽しげに話していた。なにあれ?知り合い?なんで?まだ入学して一ヵ月も経ってないのに?元々の知り合いなら会話の折りにでも出てきそうだけど。

「あれ、#dfam#さん菅原さんと知り合いなんだね」

「そうみたいだね」

「…ツッキー眉間のシワすごいよ」

「別にいつものことでしょ、…さっさと片付けるよ」

 別に彼女と特別親しいわけでもないから僕の空ない友人がいたところで何ら不思議ではない。わかってるはずなのに心は理屈だけで制御できなかった。
 二人を見つめすぎたのか急に菅原さんが振り返り#dfam#さん、菅原さんと目が合う。僕の表情から何も読み取られたくなくて顔を逸らした。

𓍰𓍰𓍰

 後片付けを終えて部室で皆がだらだらしているのを尻目に僕は帰宅準備を進めた。#dfam#さんを待たせているからさっさと帰ろうと思ってたのに菅原さんに呼び止められた。

「#dfam#ちゃん、月島たちのクラスだったんだな〜びっくりした!」

「菅原さんこそ#dfam#さんと知り合いだったんですね。」

「まあちょっとな!」

 多分、菅原さんは#dfam#さんとの関係性を僕が知りたがっていることをわかってあえて曖昧に答えている気がした。うっすらとマウントを取られているような気になって苛々する。

「#dfam#ちゃんと隣の席なんだろ?あんなきれーな子が隣だったら緊張しちゃうべ?」

「別に、ただのクラスメイトの一人としか思ってないんでそういうこと考えたことないです。」

 こんなに何度も彼女との関係性を否定しなければならない羽目になるなら大会とかもっと彼女が目立たない日に連れてくるべきだったと反省する。 僕の返答に対して何故か菅原さんは安心したような表情を浮かべてそっかぁ、と呟いた。

「俺な、今や後悔しないようできる限りのことをやろうって思ってるんだよね。もちろん大半はバレーのことだけどな、でもそれ以外も頑張るつもり。」

 菅原さんの「それ以外」が何を指しているかなんて容易に察することが出来た。僕のミスは菅原さんがこういうことをいうタイプの人間だと織り込んでいなかったこと。

「月島がわざわざ招いてたから、月島が好きなら流石にやめておこうかと思ったんだけどなー。 まあ、ただのクラスメイトなら俺が#dfam#ちゃんにアプローチしても問題ないよな?」

 その台詞に山口だけではなく、影山以外のほぼ全員が菅原さんの方を振り向いた。

「えっスガ、それはなんの宣言…?」

 東峰さんが慌てたような表情で菅原先輩に問いかけた。菅原さんは意に介さずといった表情で周りの視線も気にせずにシューズをロッカーにしまった。

「別に誰がどうしようと僕の許可は必要ないと思いますケド」

「ははは、そうだよな、ただ何にも言わないってのも卑怯かなーって思って」

「…じゃあ帰ります、お疲れ様でした」  

 この状態で菅原さんと#dfam#さんを引き合わせたくなくて会話を切り上げ、部室を後にした。

𓍰𓍰𓍰

 部室から離れた校門の近く、駐輪場の横で焦点の合わない目をして一点を見つめていた#dfam#さんを捕まえる。 気配を察したのか、急に意識が戻ったようにしゅ、と背筋を伸ばしていた。僕と目が合うと少し気恥ずかしそうな笑みを浮かべた。その笑顔に先ほどの菅原さんの言葉が反芻される。確かに#dfam#さんは世間一般で言われる美人の部類に入ると思った。

「煩いのがのがくる前にさっさと帰るよ」

 これ以上菅原さんの好き勝手にされるのは癪だ。#dfam#さんは誰のことがわからないのかキョトンとした表情を浮かべたあと、確かに先輩たち賑やかそうだったねと言いながら僕の横に並んだ。彼女の中で”煩いの=田中さん”に変換されたらしい。

 お疲れ様、すごかった。

 一瞬の無言の後、そう言ったかと思えば彼女は今日得たバレーの面白さについて語り始めた。おもちゃを与えられた子どものようなキラキラとした眼差し。

「そんなに楽しかったなら#dfam#さんもやれば?バレー」

「楽しそうだけど本気でやってる人たちにこんな安易な気持ちで入るのは申し訳ないよ。」

「別にそんなの気にする人たちじゃないと思うけど」

 まあ、今は他に頑張りたいことがあるし。そう言って彼女は首からぶら下げたままのカメラに視線を落とした。結局今日はなにか良い素材が撮れたのか訪ねようとしたが、あの笑顔を浮かべたときに何を撮ったのか知らないほうがよい気がして、声に出すことをやめた。

 先ほどの菅原さんのことを思い出すと、このまま#dfam#さんとただ帰るだけなのは癪だった。それとなく話を誘導させてもう少し彼女と二人だけの時間をもらうことにした。学生が比較的多いファミレスに入る。窓際の席に対面して座る。そういえばこうして真正面から#dfam#さんと会話をするのは初めてかもしれない。
 いつも見下ろすか横並びでの会話だったので、こんなに至近距離かつ真正面から#dfam#さんを捉えることが新鮮だった。あまりにまじまじと見てしまったせいかその視線に彼女は焦りを感じたのか目が泳ぎ始めた。どうせ何話せばいいのかとか考えてるんだろうな。そう思ったら僕の口からするりと言葉が出てきた。

「菅原さんと知り合いだったの?」

「えっ?ああ、そう、ちょっとたまたま」

 自然に口から滑り落ちたのは心の片隅で気になっていた菅原さんとの関係だった。

 まさか僕のほうから話しかけると思ってなかったのか、#dfam#さんの肩が小さくはねた。威勢がいいときとそうでないときのギャップが激しいので見ていて面白い。あっさりと教えてくれると思っていたが、想像に反して#dfam#さんも菅原さんと同じように何の知り合いかは言わなかった。ただ菅原さんと違ってそこに他意は含まれていないことは読み取れた。

「ふーん、たまたま会った知り合いだけど今日連絡先交換したの?」

「別に仲良いとかじゃないからね、たまたま会ったことがあるだけでちょっと渡したいものもあるから連絡先交換しよってなっただけ、」

 #dfam#さんはまるで浮気がバレたときのように焦った表情を浮かべて弁解した。何を渡すの?ちょっとって何?結局肝心なところが分からなかったがそこまで深追いするのも柄じゃないと思い「そう」と呟いた。
 別に張り合うつもりは無かったが、”たまたま会った知り合い”と評されるレベルの菅原さんが彼女の連絡先を持ってるのに、 隣の席で昼もよく一緒にいる僕が連絡先を知らないのは癪なので、ポケットからスマートフォンを取り出した。
 菅原さんによって焚きつけられた怒りや焦燥のような恥ずかしい感情が露呈しないように努めながら。

「じゃあクラスメイトで隣の席の僕とも交換しよ、家着いたら一応連絡入れて欲しいし」

 “ちょっと”関係がある菅原さんと連絡先を交換するなら、クラスメイトである僕と交換しても不自然じゃないでしょ?と、備えなくてもいいのになんで?と聞かれたときの言い訳を用意する。
 もっともらしく付け足した理由が逆に余裕のなさを際立たせているように感じてダサいなと思った。別に連絡先交換するくらい何でもない事のはずなのに、#dfam#さんにどう思われているのかをつい気にしてしまう。

 #dfam#さんは特に何を言うわけでもなく、そうだね、と呟いて僕の連絡先を読み取った。”#dfam##dname#”と書かれた連絡先が追加されたことを確認し安堵すると、再びポケットにスマートフォンを戻した。

「…月島くんも今日の写真いる?といっても上手く撮れてるからわからないけど…」

 そう言ってほほ笑みかけてきた#dfam#さん。「月島くん”も”」という言葉で直感的に菅原さんに渡したいものは写真なんだろうなと思った。安直かもしれないが#dfam#さんは元来エネルギーの中心が写真で構成されてる人間だ。

「…別に大丈夫。試合中なんてまともな顔してないだろうし。」

 菅原さんにもしてきた提案を僕にも安直にしてくることにむっとして反射的に断ってしまった。#dfam#さんは僕のテンションが下がったことを察したのか慌ててフォローするかのようにプレーを褒めてきた。そんなあからさまにおだてられても、と思っていたが、思いの外僕の思考を読み取っていたかのようなのコメントが出てきて思わずほほが緩んだ。思い通りに踊らされてる自分を#dfam#さんに見られるのが恥ずかしくて盛り上がる頬を押さえつけるかのように手を口元にあてた。

 #dfam#さんは僕の表情をみて、僕の考えを読み取ったかのように目を細めながらずっと僕のプレーの解析をつづけたが、店員が料理を運んできたことで中断になった。

 幸せそうな顔をして熱々のハンバーグを頬張る#dfam#さん。別に争うつもりはないけれど僕のプレーをあんなに分析出来るところも、こうして美味しそうにご飯を食べる表情も菅原さんはまだ知らないだろう、そう考えることで溜飲を下げて同じくハンバーグに箸を通した。


(2024.02.27)

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