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08 ノイズを捨て去って

 昼休みも終盤に差し掛かった教室では、次の授業に備えるためにトイレに向かう人、自席に戻る人、別のクラスから帰ってくる人などで人の往来が活発だった。
 その波に紛れるように私は自分の席に戻る。座るあいだ、何か言いたげな目をした月島くんと目があったが、今の私は無邪気にどうしたの?と聞ける心情じゃなかった。
 私は月島くんの視線を無視しながら次の授業の準備を進めた。

 今日の国語の授業では『水の東西』がテーマだった。
 武田先生は流れるように四ページほどの文章を読み上げる。私は先生が読み上げるスピードを追い越すように目で文章を読み込む。風流を重んじる日本人らしい「鹿おどし」と人工的で華やかな西洋の「噴水」。なんでも自分事に当てはめるのもどうかと思うが、まるで私と中学の先輩の創作の関係性のようだなと思うと、どうしても私か鹿おどしが美しいと言いたくなる衝動に駆られる。
 人工的なものがすべて歪だなどというつもりは甚だないが、自然の流れを理解してこそ昇華できるものだと思っているので、私や彼女のような半端ものがその領域で何かを語るにはまだ早すぎると感じていた。

 コンテストに立ち替えって考える。私らしさとはいったい何だろう。高校生活をテーマにした映像って何が求められているのだろう。通学路、自転車、制服、机、黒板、友達、部活、女神像のカーディガンとマフラー、スクールバッグ、学年で色が違うスニーカー。目についたものを一つ一つ脳内でつぶやくがそれらから何もストーリーがイメージできない。授業が切り替わった後も板書をとりながらぼんやりと考えていたが答えは出なかった。

 ホームルームが終わり鞄を肩にかけて帰ろうとしたそのとき、意識して見ないようにしていた右隣から声が降ってきた。

「ねえ、今日菅原さんとご飯食べたんだって?珍しいね」

 昼間はなにも言ってこなかったくせに、気を抜いた瞬間にやっていた。狙ったかのようなタイミングで月島くんから菅原さんの名前が出てきたことに内心焦る。まだ月島くんに写真を見せる心の整理ができていなかったし、昼休みに菅原さんと何してたの?だなんて聞かれたものならなんてごまかそうかと考えてはいたものの差しさわりのない解は用意できていなかった。

「そうだね、ちょっと呼ばれたから」

 こうなればもう必要最低限のことしか話さないようにしよう、と心に決めて濁しながらそれが何?と言った表情を全力で装い去ろうとするがこういう類の交渉で私なんかが月島くんに勝てるわけがなかった。

「へえ、写真でも見せてって頼まれた?」

 間髪入れずに月島くんから発せられた言葉。私が避けるべく今日逃げ回っていた言葉をどんぴしゃで言われてしまった。まるで知っているかのような発言にどきりとしたのが顔に出すぎていたようで、一瞬の空白の後「やっぱりね。」と月島くんは呟いた。 その目はあきらめのような悲観のような見ていてこちらまでつらくなるような表情だった。すごく後ろめたいことをした気持ちにさせられる。
 月島くんは私に視線をやると攻撃的な表情にぱっと切り替わった。

「僕には見せられないけど菅原さんには見せられるんだ」

「違っ…」

「じゃあ何」

「月島くんに、見せるの緊張して…」

「別に僕プロでもなんでもないんだからそんなに緊張することないでしょ」

「でも月島くん、駄目だとおもったら絶対駄目って言うでしょ」

「甘やかされたいから菅原さんに見せたってこと?」

 違う、と言いたかったがそんな風に言われて悔しい気持ちが先行して涙が零れてしまった。頬を伝う涙。泣くつもりじゃなかったのに。自分自身に言い訳をする。まだ人がまばらにいる教室で悪目立ちしたくない。必死で息を殺していると突然月島くんが私の手をとり、ずんずんとどこかへ向かっていった。
 目立ちたくないがゆえにうつむいたまま何も言えずについていった先は屋上のドアの前。

「鍵持ってるんでしょ、貸して。」

言われるがまま月島くんに鍵を渡す。屋上に入り込むと月島くんは私の表情を窺うかのようにのぞき込んできた。
 途端、堰を切ったように感情が口から溢れてきた。

「私は甘やかされたいだなんて考えてない、」

 乱暴に月島くんの手を振りほどく。勝手に泣いたくせに。甘えじゃないけど自身はないくせに。ここまで連れてきてもらったのだって配慮だってわかっているのにどうしても先ほどの言葉がひっかかって私は月島くんに優しくすることは出来なかった。
 怒られるかも、そう思って身構えたが意に反して月島くんは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「…そうだね、ごめん、言い過ぎた。」

「でも自信がなかった、それが見抜かれそうな気がして怖かった。特に動画は絶対に月島くんに何か言われるって思った。」

 嗚咽交じりでそういってその場にうずくまる。月島君は私と目線を合わせるかのように隣に座り込み、ポケットティッシュを手渡してきた。女子なのに情けないと思いながら受け取る。私のぜいぜいとする呼吸と鼻をすする音だけがその場に響いた。

「…#dfam#さんはなんでそんなに動画にこだわってるの」

「それは、」

 脳内で浮かんだ彼女のことを、できる限り客観的になるよう話した。彼女は元々先輩で親しかったこと。私が写真で入賞することが多くなってから次第に仲が悪くなってきたこと、コンクール優勝時に言われた言葉、彼女は今映像制作で私にマウントをしてきていること。ただ殴られるだけじゃ腹立たしくて絶対に先輩に勝ちたい、その思いで動画制作に手を出したけど全然何も伝わらない、もしかしたら本当にたかが写真で天狗になっていただけかもしれない。

 話し終えると月島くんの手がそっと私の頭の上に置かれた。暖かさが頭のてっぺんから体に染み渡る。人のぬくもりが心地いいとよく聞くけれどきっとこれもその一つだろう。その温度に身をゆだねるかのように目を伏せた。

「…奈美って人、聞く限りただ人の足引っ張るだけのつまらない人に思えるけど。」

「でもSNSでもバズってるからきっとあの人のほうが動画制作は上手だよ。」

「いいねの数が多いから凄いってわけでもないでしょ。それって#dfam#さんが心を削らなきゃいけないほどの人なの?テクニカルな部分で彼女を見習うところはあれど#dfam#さんの感性のほうがよっぽどきれいだと思うけど。」

 私の頭を撫でる月島くんの手に一瞬力がこもったのが伝わった。指先が弛緩した後、続けて「カメラ持ってる?」と尋ねてきたので私がカメラを取り出すとそれを私の手に握り返した。

「余計なことは何も考えないで。今、#dfam#さんが撮りたいものは何?」

 月島くんの問いに目を伏せて考える。深呼吸を繰り返す。カメラに意識を集中させた。浮かぶのは四人で笑いながら昼食を囲む姿。月島くんと一番長く話したあの部活の帰り道。

「…私は楽しそうにしているみんなが撮りたい。バレーで悔しそうにしていた月島くんももう一度撮りたい。楽しかったり一生懸命だったりしている人が私には一番美しく見える。」

「じゃあ、決まり。一週間、#dfam#さんが撮りたいものだけを撮って、僕にみせて。僕に見せるのが怖いなら僕もこの一週間撮りたいものを撮るからお互い見せ合おう。それなら怖くないでしょ?」

「月島くんが写真撮るの…?」

「まあ何をどう撮るかはまだ決めてないけど、そうでもしないとまた怖いとか言い出すでしょ、君。」

「…ありがとう。」

「別にお礼を言われるほどじゃないけど…。はい、じゃあ戻るよ。先輩たち遅刻したらうるさいんだから」

 精一杯の月島くんの優しさだと理解した。その気持ちが暖かくて苦しくてまた泣いてしまいそうになった。
 一人でずっと考えていたのに見つからなかった解が、月島くんと話したほんの数分で見つかった気がした。


(2024.03.17)

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