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11 誰が為

 今日の放課後に月島くんに写真を渡す。そう思うとどうしても緊張してしまい、写真の微修正を繰り返していたら夜更かしをしてしまった。一度目の目覚ましから浅い二度寝に入ってしまい案の定寝坊。明らかにアウトだったら開き直れるものの急げば間に合いそうな絶妙な時間だったのでひとしきり身だしなみだけ整えて家を飛び出す。
 急いだ甲斐あって学校には間に合ったけどその代わりにお弁当を忘れてしまった。家に帰ったらお母さんに怒られるな、と憂鬱な気持ちで昼休み購買に向かった。

 昼休みの購買はまだ数えるほどしか来たことがなかったけど、相変わらず人が多い。学生たちが我先にと昼ごはんを求める光景が広がっている。みるみるうちにお弁当やパンが減っていく。とにかく何か食べ物にありつかなければ。と急かされるように近くの棚からとったのは牛乳パン。甘いパンの気分じゃ無いけど仕方ない、とそのパンをもって売店のおばちゃんにお金を渡す。

 テンションの上がらない昼食片手にとぼとぼと歩きながら教室に向かうと丁度菅原さんと見知らぬ先輩たちが体育館に向かうところだった。なにやら談笑している菅原さんと目が合うと「#dfam#ちゃん!」と元気よく手を振ってきた。
 一応先輩なので同じように手を振りかえすわけにもいかず軽く会釈する。周りにいる先輩たちは私を見て一瞬キョトンとした後菅原さんに何か言っていた。菅原さんが眉を顰めてお友達に何かを言い返す。なんだろう、ちょっと嫌だな。

「バスケ部の坂田です〜、#dfam#ちゃんだよね?スガから話はいつも聞いてます。こいつほんとしょーもないでしょ?」

「しょうもないってなんだよ!ネガキャンすんな!!」

 そう言って近づいてきたのは菅原さんよりも少し背が高くて迫力のある先輩だった。間髪入れずに菅原さんが突っ込む。背は大きいけど犬のように人懐こい笑顔を浮かべる坂田さんに私の警戒心も幾許か解けた。そもそも菅原さんと仲良い人で悪い人なんていなさそうだけど。

「菅原さんのメール、いつも楽しいです。たまに出てくる坂田さんのお顔知れて私も嬉しいです。」

「えーやだそんな二人で俺の噂してくれてんの?嘘照れるわー」

「もうご飯食べ終わったんですか?」

「おう、これからバスケするんだ!#dfam#ちゃんもくる?」

「私これから食べるので今日は遠慮します。ありがとうございますー」

「そっかー残念、今度俺とも遊んでね!…って、そういえば清水が言ってた件、#dfam#ちゃんに手伝って貰えばいいじゃん?だめなの?」

 なんの話だろう?と思って菅原さんに視線を向けるとあー…何やら言葉に詰まっていた。そんな菅原さんを見て坂田さんが横から「#dname#ちゃん臨時マネージャーやる気ない?バレー部の。」と私に尋ねてきた。菅原さんがおい、と坂田さんを制止する。

「え、私ですか?」

「…実はGWに合宿あるんだけど、部員も増えたし清水もちょっと大変そうなんだよ。合宿中だけでも誰かもう一人サポートできる人がいたらありがたいなって話をしてたんだ。」

「なるほど…。特にこれと言った予定はないですけど、私バレー詳しくないしお役に立たないですよ?」

「大丈夫大丈夫!スコアは清水がつけるから。多分メシつくるとかを手伝ってほしいんじゃねーかな、嫌だったら全然断って!…でも、もし#dfam#ちゃんが手伝ってくれるなら正直めちゃくちゃ俺は嬉しい。」

 菅原さんはそういって懇願するような目線で私を見てきた。ずるい、そんな顔したら断りづらいの分かっててやってるなこの先輩。

「流石に全日程は難しいので一部だけお手伝い、とかでも良いですか?」

「やったー!まじ?ありがとー!!勿論!!!細かいことは清水に聞いてくれたほうが確実だから後で連絡先共有していい?」

「お願いします」

 菅原さんが元気よく両手を突き上げるので思わずびくり、としてしまった。それを見て菅原さんが笑う。でもまあほんとに(悲しいことに)予定もないし、来週なら月島くんも完全復活してるかも。あれ、でも合宿ってそもそもどこでやるんだろう。泊まり?何も詳細知らないまま検討しますと言っちゃったけど大丈夫かな。まあ清水さんに聞いて無理そうだったら断ればいいか。右手に握りしめたまたまの牛乳パンを胃袋に納めるべく私は小走りで教室に戻った。

 教室に戻ると3人はすでに弁当の半分以上は平らげていた。私も慌てて席に着く。

「遅かったじゃん、買えた?」

「うん、なんとか。」

 そういって右手を持ち上げるとそれだけ?足りる?と由香里が心配そうに尋ねてきた。確かにそのまま部活に行く運動部メンバには心もとない量かもしれないけど帰宅部の私は問題ない。はず。

 もうみんなほぼほぼ食べ終わってたので私も慌ててパンをほおばる。

「そんなに馬鹿みたいに慌てて食べて詰まらせないでよ」

「はは、#dfam#さんならほんとにやりそう」

 月島くんを一瞬にらみつけるが山口くんまで便乗しなくても、と言いたいがおっしゃるとおり口の中はパンまみれで何も言えない。表情で訴えながら咀嚼する。それを見て二人がまた笑う。あ、そういえば清水さんに聞かずとも二人に合宿の話聞けばいいじゃん。パンを飲み込み後を追うようにお茶を飲む。

「ねえ、合宿ってどこでやるの?」

 開口一番にそれを言ったものだから二人の目が点になる。急に何の話?と言った表情だ。色々情報が少なすぎたと思い「私手伝うことになりそうなんだけど」と続けるとさらに疑問符が浮かんだのが分かった。心なしか月島くんの表情が曇った。順を追って説明する。

「…ってことなんだけど、手伝ってもいいかな?」

「いいかなって何、僕たちが決めることじゃないでしょ」

「俺は#dfam#さん手伝ってくれるなら嬉しいよ!」

 やっぱり予感は当たっていて、話が進むに比例して月島くんの表情は不機嫌そのものに変わっていった。
 それを察した山口君がフォローするかのように歓迎してくれる。こういう山口くんの優しさはありがたい反面、月島くんが嫌がっているという事実をより鮮明にさせるから辛くなる。やっぱり申し訳ないから辞めようかな。選手のためのサポートなのに選手が不満になるんじゃ本末転倒だよな。どうしよう、どういう表情をすればよいのかわからなくて中途半端な笑顔が私の顔に張り付いている。
 そんな私を見るに見かねたのか、由香里は「別に月島が機嫌悪いのなんていつもなんだから気にしなくていいよ、スガさんが来てほしいって言ってるなら行っちゃいなよ」と私の肩を叩いた。

𓍰𓍰𓍰

 それから合宿の件に言及することもなく、あっという間に放課後になった。月島くんに促されて学校近くのカフェに入る。こんな風に月島くんと気まずくなるのは何度目だろう。どれだけ気まずくったって月島くんはやることはきちんとやる。
 それぞれドリンクを注文したのち、私はおずおずと鞄から写真を取り出した。

「月島くん、これ、例の写真です。」

「…そう」

 まるで薬物のやり取りみたいだな、と不謹慎なことを考えつつ、昨日印刷した写真を手渡す。月島くんは写真を受け取ってまじまじとみつめた。

「この人隣のクラスの人だよね?」

「そう、私の中学時代からの友達。谷地仁花。」

「どういう子なの?」

「めちゃくちゃマイナス思考だけど気立てもいいしいい子、実際要領はめちゃくちゃいい。」

「ふうん」

 質問するだけ質問して月島くんはまた黙ってしまった。この沈黙が気まずいな、と思いながら月島くんを見つめる。月島くんは私のそんな視線もお構いなしに写真をじっと見つめ続けていた。

「楽しかった?この写真撮った時。」

「え?…そうだね、楽しかったよ。久々にゆっくり時間撮れて話せたし。」

「じゃあいいんじゃない。」

 ずいぶん軽い”いいんじゃない”に、思わず「え、」と言葉が零れた。
 月島くんは写真を私に戻すと自分のカバンから一枚の写真を取り出した。何が写っているのかとのぞき込むとなんてことないショートケーキの写真だった。

「これ見てどう思う?」

「…おいしそうなケーキだな、と」

「でしょ。これは先月兄貴の誕生日に食べたケーキで入手がめちゃめちゃ困難な仙台のお店のやつ。本当に美味しかった。」

「え?」

淡々としゃべる月島くんの表情と話してる内容のギャップに自分の脳みそが勝手に変換をかけているのかと疑ったがどうやら私の頭は正常なようだ。

「#dfam#さんがこの写真を見てもケーキだなって思うでしょ、でも僕は美味しかった記憶があるからこの写真を見るだけですごく幸せ。#dfam#さんの写真もそうでしょ。」

「…そうだね、」

「でも、#dfam#さんの写真は何の説明をしてもらわらなくてもすごく仲が良い人なんだなって分かったよ。普段見かける谷地さんよりもすごく柔らかい表情をしてるし信頼しきってるのがよくわかる。#dfam#さんの写真はそういう温度感が伝わってくると僕は思う。」

「…ありがとう。」

「それに、写真は楽しかったんでしょ。まずはその気持ちだけで良いんじゃない?僕たちまだ高校生なんだから。」

 月島くんの言葉が意外過ぎて言葉につまる。すぐ不機嫌になるくせになんでそう優しい言葉をかけてくれるのだろう。私はそんな月島くんに心を振り回されている。月島くんを理解するのはすごく労力が必要だけど不思議と嫌じゃない。

「なんでいつもそんなに優しくしてくれるの、」

 思わず口をついて出た言葉。ずっと思っていた疑問だった。言ってしまった後に別に誰にでもこんな風なんだったら自意識過剰も甚だしいなと気づき、恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じた。月島くんは適切な言葉を選ぶように視線を泳がせた。返答が怖くて間髪入れずに私のほうからまた話をつづけた。

「…合宿のことだけど、やっぱり行くの辞めるよ。月島くん調子悪いし、気散るよね。配慮出来てなくてごめん。」

「ちょっと、なんでそういうこと言うの。そうだとしてもそれは僕の気持ちでしかないし今回サポートなんでしょ、写真がメインってわけじゃないんだから#dfam#さんが決めなよ。」

「そうかもしれないけど、私も月島くんを尊重したい。」

「じゃあ、#dfam#さんは、なんでそこまで僕に配慮しようとするの。」

 私の質問をそっくりそのまま返された。なんで。それは、月島くんに少しでも喜んでほしいから、嫌だなって思ってほしくないから。純粋にそれだけ。でも誰にでもそうなれるかって言われたら違う。じゃあ、なんで月島くんにだけ優しくありたいと思うんだろう。

「…とにかく、昼は僕も悪かった。指ももうほぼ治ってきたし、僕も待ってる。#dfam#さんが手伝ってくれるなら助かると思ってる。」

 月島くんと私の間に流れる沈黙。本当に合宿に行ってもよいのだろうか。落ち着かない感情を指先に発散させる。グラスに沈んだストローがくるくる液体をかき混ぜる。

「#dfam#さんを初めて見たとき、なんでそんなに自信なさげ何だろうって正直ちょっとイライラしてた。でも前に僕に言ったでしょ、十年後に空にならないよう頑張ってるにって。だったらそれを近くで見させてもらおうと思ってるだけ。」

優しさでもなんでもないよ、じゃあ、また。

 その言葉に私は腑抜けた返事をしたと思う。月島くんが部活に向かった後姿をぼんやりと見つめる。優しさじゃない、と言った月島くんと私は目が合わなかった。そうだよね、一瞬でもうぬぼれてた私が恥ずかしい。と思う一方で、これ以上余計なことを言わなくて良かったと安堵する。

 私が月島くんに抱きかけた感情もきっとなにかの間違いだ。月島くんの挑発に私はただ焚きつけられているだけ。そう思うことにして私は帰路についた。


(2024.03.22)

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